メンバーは全員おばあさん⁉ 老マダムたちから美しさの本質を学べるエンタメ小説

文芸・カルチャー

2018/10/11

『花まみれの淑女たち』
(歌川たいじ/KADOKAWA)

 アンチエイジングや美魔女という言葉が世に浸透して数年。いつまでも若くいたいと世の女性は躍起になっている。おばさんになること、そしていつかおばあさんになることを、とてもとても恐れているのだ。

 水分を失った肌、シワシワで骨ばった手。ゆっくりとした危うげな足取りに将来の自分を見て、歳などとらなければいいのにと願う女性は数多くいるだろう。私もそう思っていた。歌川たいじ氏の最新作『花まみれの淑女たち』(KADOKAWA)を読むまでは。

【あらすじ】
 主人公の由佳は上場企業の営業として活躍していた32歳。しかし突然のリストラを宣告されて以降は、自室で寝てばかりの堕落した生活を送っていた。しかし、ひょんなことから北新宿にたたずむ「花まみれビル」と、そこで暮らすパワフルなおばあさんたちに出会い、由佳の人生が動きはじめる。

 由佳の一人称視点で進むストーリーは、ところどころでアラサー世代に響くこと間違いなし。年齢に足を引っ張られ上手くいかない転職活動や、若い男子の肌ツヤに衝撃を受ける様子など、ページをめくるたび由佳のやり場のない気持ちに共感してしまう。ぐちゃぐちゃした感情が日記のような文体で描かれているため、普段あまり小説を読まないという人ほど、ストンと文章が胸に落ちてくる感覚を味わえるかもしれない。

 しかし、本書の魅力は主人公の感情描写だけでは成り立たない。「歳をとること」への価値観を揺さぶられるような読書体験の源は、おばあさんたちの濃すぎるほどの個性と、由佳に投げかけられる「言葉」の強さにある。ここでは表紙イラストに描かれた3人のおばあさんを、印象深いセリフとともに紹介していきたい。

 最初に由佳と出会うのは、相手を見透かすような大きな目をした〈E・T〉。由佳がこっそり名付けたこのあだ名は、かの有名なハリウッド映画キャラクターが由来だ。

 花に関する職を掛けもち現役バリバリで働くE・Tは、たびたび人の性格や状況を植物にたとえて語りだす(その話術でキャバ嬢にまで慕われている)。中盤、苦境に立たされる自分たちの状況を見て、E・Tはこう言った。

「桜だって、冬の間寒さに身を縮めながら、粛々と花を咲かせる準備をしているんです。季節が変わらないことなんてないということを知っているからです」

 このセリフ自体は重苦しいシーンで発したものだが、切り取ればとても前向きな言葉としても読める。この先の人生で冬のような壁にぶつかっても、いずれ来る春にむけて少しずつエネルギーをたくわえればいい、と、気持ちを切り替える手助けをしてくれるような言葉だ。

 包み込むような言葉をくれるE・Tとは違い、背中をバシッと叩いてくれるのが〈ヴァレンシアばばあ〉だ。ひどすぎるあだ名でもしっくりくる、オレンジのドレスや真っ赤な口紅がド派手な探偵事務所の所長。そんな彼女のセリフはいつだって強気で過激だ。詐欺の相談にやってきたおばあさんのうなだれる様に檄を飛ばす。

「なんだってやりゃあいい、なんだって言やぁいいのさ。それが、ババアってもんだろ。やってやるさ。ババアだからこそできることもある。ババアならではの戦法が、きっとあるはずだ」

 世の中を怨んではどこか他力本願的に生きてきた由佳は、この言葉に“耳が痛い”と言った。私も同じだ、今ある環境や自分の短所を悲観してばかりでは何にもならないと気付かされる。

 〈レナラ〉と呼ばれるハスキーボイスの麗人も印象的だ。レナラとはE・Tが植物の名から取った呼び名。スポットライトに照らされているかのようなオーラをまとう、みんなのカリスマ的存在だ。波乱万丈の人生をくぐり抜けてきたレナラは、過去にはホームレス同然になったこともあると前置きし、こう語った。

「でもね、あの日、ふと考えたの。神様は、なんだって取り上げることができる。子どもから命を取り上げることだってある。でも、神様は私からなにを取り上げたのだろう。お金? それだけだわ」「この手に残ったものをちゃんと見なければねって」

 この言葉にハッとした。アラサーは欲ばりなのだ。積み上げたキャリアや人脈、ほどほどに増えてきた年収。ブランドやデパコスも楽しめるようになったし、朝まで飲み明かす元気もまだまだある。それなのに、ちょっとシワが目立ってきただけで美容外科に泣きついたり、ちょっと婚期が遅れただけで同級生のインスタグラムが憎らしく見えたりする。でも、それがなんだ。シワの良し悪しも結婚適齢期も、どちらも世間が決めた女性像の枠でしかない。まだ神様は私たち自身から、自分らしく生きる心を取り上げてはいない。

 口元のシワを隠さずに笑う「花まみれビル」のおばあさんたちを見ていると、現代の女性たちは「若さ」への執着にとらわれているのだな、と気付かされる。作中、E・Tはソメイヨシノの花に目をやり「この子たちは、虫や鳥を招き寄せる必要がありません。だから、いつ咲いたっていいんです。(中略)好きなときに咲いて、好きなときに散っているだけ、自由な子たちなんですよ」と語った。本書には「世間の目にとらわれず、自分のために咲きほこってもいい」というメッセージがこめられているのかもしれない。

「若さこそ花」、そんな風潮にとらわれて思い悩むことがあったら、この本を開いて「花まみれビル」のドアをノックしてほしい。あなたの悩みを快活に吹き飛ばし、背中を叩いてくれるおばあさんに出会えるはずだ。

文=野々 茜