超一級のご馳走バカのヒロインが、国王の暴挙を騎馬で蹴散らす『ハングリーショット』

マンガ

公開日:2018/10/14

『ハングリーショット』(いでさやか/白泉社)

「おいしい」に勝る魔法はないと思っている。別に豪勢で高価な食事でなくてもいい。ジャンクフードだっていい。自分がおいしいと思える食事で腹が満ちれば、たいていの場合、心も満たされる。ひとりメシも楽しいけれど、「おいしい」を共有できる相手がいるのもまた至福。逆にひもじさが続けば体力だけでなく心も弱っていくし、食欲が失せたり何を食べてもおいしいと思えなくなったりしたら、それは心の危険信号でもある。それを本能で知っていて、食いしん坊道を邁進するのが、マンガ『ハングリーショット』(いでさやか/白泉社)の主人公・サラだ。

『ハングリーショット』は、グルメマンガではない。サラは17歳だが、スイーツ大好き女子高生というわけでもない。荒野に暮らす、大陸最強とうたわれた騎馬民族の子孫・ヒン族族長の一人娘だ。特技は三本射法。動体視力も身体能力もずば抜けていて、かなり強い。強いが少々、おバカである。父親の制止を振り切り集落を脱走して向かった先は、王都ドルマス。「知らないよりは知る人生」という信念と、狭い世界に閉じこもっていられないその好奇心、そして有言実行の行動力は評価に値する。が、世間知らずの娘が、美食の王国とよばれる王都でたらふくおいしいものが食べたいという食い意地ゆえの暴挙に出るのを、全力で止めにかかる父親の親心もわからんではない。

 実際、サラは知らなかったが、王都の富裕は庶民から横暴に搾取することで成り立っていた。徴収に耐えられなかった人々は見せしめに、そして国王の晩餐を盛り上げるための余興として処刑される。民は自分の手でうみだしたおいしい食事も技術も何もかも、自分たちの身にすることはできない。そんな国王に立ち向かうべく反乱軍を率いているのが団長のアルト。サラが王都へ向かう道行きで出会った青年だ。

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 メシなんかより大事なものが自分たちにはある――目的遂行のためには手段を選ばず、サラさえ利用しようと目論んでいたアルトの目には、食べることしか頭にないサラのおバカさ……もとい純真さがわずらわしくてならなかった。だが「ものを独占する奴は大嫌い」と我が身をかえりみず弱き者のために戦う強さ、そして「たいていの悲しみはメシさえあればなんとかなる」という言葉の、さらりとした物言いの裏に潜んだ重みに触れるうち、しだいに心を許していく。そして2人は、ともに国王を討つ仲間として王都へ向かうこととなる。

 何かを得れば何かを失う。父親からの忠告が、過酷な道中で身に染みるサラ。たしかに食事にかまっている場合じゃないときもある。だがそれでも彼女は“メシのため”に戦う。すべてが終わったあとで、おいしいごはんを食べるため――ともに食べる仲間を守るために。なぜならそれこそが、生きるということだから。 

 騎馬アクションは楽しく、にぶちん野生児・サラとアルトの恋の気配も気にはなるが、食いしん坊ゆえに共感どころのより多い作品だった。1巻完結のようだがぜひとも続編を読んでみたいものである。

文=立花もも