はじまりは20年前の女児殺害事件。ネット上の“行き過ぎた正義感”が引き起こした、新たな惨劇――『人間狩り』

文芸・カルチャー

2018/10/14

『人間狩り』(犬塚理人/KADOKAWA)

 正義が怖い、と先日放送された『ボクらの時代』で有働由美子さんは言った。NHKのキャスターとして世間の倫理や善悪に直面し続けた彼女の口から発せられたその言葉はひどく重い。続いて角田光代さんも言った。正義は必要だけど、怖い。SNSの隆盛によって、名もなき市井の声が高らかに叫ばれるようになった。インターネットの国に住む人たちは不義や不正に厳しく、ときに追及の手を暴走させる。有栖川有栖氏推薦のもと横溝正史ミステリ大賞優秀賞を受賞した『人間狩り』(犬塚理人/KADOKAWA)は、正義が生み出す罪の連鎖を描きだした作品だ。

 事の起こりは20年前。14歳の少年が9歳の少女を殺害し、眼球をくりぬき少女の親に送りつけた女児殺害事件。警察に保管されていたはずの犯行映像が、闇オークションに出品されたのだ。人事一課監査係の白石は、当時の捜査関係者が流出させたのではないかという疑いのもと捜査をはじめる。……と、この元少年Aの起こした事件のあらましを読むだけで、誰しも97年に起きた神戸連続児童殺傷事件を連想することだろう。本作でこの元少年Aは「事件当時、写真と素性が週刊誌に掲載され」「それゆえ身元の特定を避けるために名前を変えて別の人生を歩んでいる」。そしてこれは犯行映像の流出が彼の仕業ではないかと疑われたことがきっかけなのだが「手記を出版する予定」らしい。この一連の流れも含めて実際の事件とかなり似ている。それゆえに本作にただようグロテスクな正義感はよりいっそう生々しく浮かび上がる。

 白石が捜査する一方、ネット上では警察が裁けない“罪人”を私刑に処す〈自警団〉なる人々が気勢をあげていた。カード会社で督促の仕事をする江梨子は、あるクレーム電話をきっかけに、一人の男の“正しくない”行いを暴き出す。悪行の一部始終をおさめた動画をネット上で炎上させ、自警団サイトの面々に追い詰めさせることで逮捕につなげたのだ。その正義は、ストレス過多の日常をガス抜きさせてくれる特上の麻薬だった。ヒーロー的存在である龍馬とサイト管理人である弥生とも親しくなった江梨子は、三人で元少年Aを追い詰めることを誓う。数年の服役で罪がなかったことになるはずがない、映像を流出したのがもし彼ならば再び殺人を犯す前に止めなければならない。我々はただ、彼が本当に反省しているのか知りたいだけなのだ――。義憤に駆られ、使命感のもと映像流出の犯人と元少年Aを追う、白石と自警団。行き過ぎた正義感は新たな血を流しながら、思わぬ真実へとたどりつく。

 人を殺すのは許されざる罪だし、悪を野放しにしていては無辜の民に害が及ぶ。そのことは間違いない。だが、自衛のための干渉はいったいどこまで許されるのか。

 来年から日本ホラー小説大賞と合体することが決まった横溝正史ミステリ大賞。「ラストを飾るにふさわしい一作」と編集者も太鼓判を押す本作は、事件の犯人を追う上質なミステリであると同時に、真実とは何かを読者に強く問いかける一作である。

文=立花もも