野良猫もいなかったシャッター通りが大人気スポットに! 名古屋「円頓寺商店街」の復活劇

社会

2018/10/19

『名古屋円頓寺商店街の奇跡(講談社+α新書)』(山口あゆみ/講談社)

 11月10日(土)、11日(日)の2日間、名古屋市西区那古野(なごの)にある「円頓寺(えんどうじ)商店街」を舞台に、毎年恒例の「円頓寺 秋のパリ祭2018」が開催される。

 パッサージュ(アーケード)のあちらこちらでストリートライブや大道芸が披露され、パリのマルシェさながらにおしゃれな雑貨やお菓子、カフェ、ビストロなどの露店が並ぶ。

 2013年に同商店街が集客のために細々と始めたこのパリ祭は、2015年にはフランス・パリに現存する最古の屋根付き商店街「パッサージュ・デ・パノラマ」と姉妹提携を結び、内容もより本格化。いまでは名古屋の新名所、観光スポットへと成長した。

 じつはこの「円頓寺商店街」、名古屋駅から徒歩15分の立地にもかかわらず、10年前までは「野良猫さえいない」といわれるほど寂れたシャッター街だったという。

 この10年間にいったい何が起こったのか? その詳細を教えてくれるのが、『名古屋円頓寺商店街の奇跡(講談社+α新書)』(山口あゆみ/講談社)だ。

 円頓寺商店街の復興の経緯は、かなりユニークでレアなケースだろう。町おこしが立ち上がるのは多くの場合、店主たちや地元民が一念発起するか、自治体に地元愛あふれた熱血漢がいるかのどちらかだ。しかし同商店街の場合、そのきっかけを作ったのは、外からふらっとやって来た一人の人物、建築家の市原正人氏だったという。

●赤いミニスカートが大好きな花街の芸妓さん

 市原氏は1961年名古屋市北区生まれで、同商店街と特別な縁はなかった。しかし1996年、同商店街界隈の古民家改修の仕事を手掛ける。そしてこの時、古民家の近所に住むというおばあちゃんと出会うのだ。

 古民家とは関係ないのに、いつもお茶を運んでくれる気のいいそのおばあちゃんは、昔その界隈にあった花街の芸妓(げいぎ)さんで、自宅で三味線と長唄を教えていたそうだ。

 改修工事の最終日、おばあちゃんは市原氏にこう言う。「あんた、これだけ長くここにいたんだから、このあとは三味線と長唄やりに来るだろう?」と。市原氏は「うん、じゃあ来るよ」と返し、おばあちゃん、もとい、師匠との交流の日々が始まる。

 70歳を過ぎても赤いミニスカートをはく師匠は、市原氏を含む弟子を引き連れては、円頓寺商店街に繰り出し、食事などをみんなで楽しんだそうだ。

 しかし年波には勝てずやがて師匠が他界。稽古がなくなり、同商店街に来る機会は失ったものの、師匠との交流を経て市原氏の中には、この商店街への愛着が芽生えていたという。

●「那古野下町衆」という最強のボランティアチーム

 著者によれば、市原氏の人柄は「穏やかで常にフラット。相手がクライアントでも喫茶店で隣り合った人でも態度を変えることがない。へりくだりもしなければ、気取りもない。話し方も正直でてらいがない。高いテンションはないが約束は守る」。そして「この人柄こそが後に円頓寺商店街を変えていく原動力になっていく」と指摘する。

 本書が教えてくれる成功法則、そのひとつは「人柄が人を動かす」ということだ。これは決して町おこしに限ったことではないだろう。

 では、市原氏がどう人々を動かしていったのか、その詳細は本書に委ねるとして、ここでは「那古野下町衆」を紹介しよう。

「円頓寺 秋のパリ祭2018」のホームページで主催を確認すると、円頓寺パリ祭実行員会、円頓寺商店街振興組合と並んで、「那古野下町衆」という名前がクレジットされている。これは、市原氏が中心となって組織したボランティアチームの名称だ。

 前述した師匠の他界後、市原氏は仕事の合間を縫っては同商店街に立ち寄り、活気を取り戻す方法を一人で模索し始める。そして2007年、いよいよ本格的な活動に入るべく、友人知人や商店街の有志などと結成したのが、同ボランティアチームだった。チームの命題は、シャッター店舗をリノベーションして客を呼べる新店舗を誘致することである。

●円頓寺商店街の奇跡はどこにあったのか?

 結果から言うと、2010年に市原夫妻自身がオープンさせたアート&アパレル「ギャルリーペン」とスペイン食堂「BAR DUFI」の誕生をきっかけに、年々、おしゃれでエッジのきいた飲食店が増え始め、同商店街は現在に至るような活気づくりに成功する。

 もちろんこの間、さまざまな苦労談があるわけだが、タイトルにある「奇跡」を筆者なりにいうならまず、誰に頼まれたわけでもないのに、市原氏が自発的なボランティアとして、長年この復興活動の下地づくりを黙々と行ってきたことだ。

 店舗のリノベーションをクライアントの希望で市原氏が手掛けることもあったが、その収益を目論んで活動したのではない。その動機はすべて、師匠と出会った同商店街への愛着からだという。

 となれば、亡き師匠が自分の利益とは関係なしに、同商店街の古参として市原氏たちに出し続けた一杯のお茶、そしておもてなしの心。そこにこそ「奇跡」の原点があるのかもしれない──。本書を読んでふとそんなことを感じた。

 町おこしの実践ガイド本であると同時に、心温まるヒューマンドラマでもある本書。人気の円頓寺商店街を知る入門書、探訪ガイドブックとしても、ぜひ活用していただきたい。

文=町田光