奇妙に噛み合った三角関係…『終わった漫画家』は何が新しいのか?

マンガ

更新日:2018/10/22

『終わった漫画家』(福満しげゆき/講談社)

 マンガを盛り上げる要素には色々ありますが、「三角関係」もそのひとつ。

 少女マンガでよく見かける設定ですよね。多くの場合は、ヒロインがいて、本命がいて、当て馬がいて…と、パターン化されています。三角関係でなんやかんや揉めている最中はヤキモキさせられますが、ゴールは決まっているわけなので、それ以上の刺激はもう望めません。

 もうやりつくした。もう新しい三角関係なんて生まれない。そう思っていました。…が 三角関係の新たな境地を切り開いた作品があったのです。それが、『終わった漫画家』(福満しげゆき/講談社)。

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 定番だったはずの三角関係という要素に、新しい風を吹かせた作品なのです。

 登場人物も、わかりやすく3人だけ!

 主人公は、“終わった漫画家”。10年前に小ヒットを1本世に送り出したものの、その後鳴かず飛ばず。漫画家としてすでに終わっていると自覚した彼は、最低限の幸せを手にするために、ある作戦を立てます。それは、女性アシスタントを雇って、ごく自然な流れで結婚し、家庭を手に入れるというものでした。

 さっそくアシスタントを募集したところ、やってきたのが2人目の登場人物、“A子”。美しいA子をひと目見て、終わった漫画家は彼女をアシスタントに迎え入れることを決めます。

 ところが、じつはこのA子、アシスタントに応募しておきながら、漫画家志望でもなんでもありません。小規模な玉の輿に乗るため「小金持ってそう」な終わった漫画家に目をつけていただけなのです。

 そんなこととは夢にも思わない終わった漫画家は、A子だけを雇ってしまうと、結婚したいことがすぐにバレそうなので、目くらましとして、急いでもうひとりアシスタントを雇うことにします。

 それが、漫画家を志し、日々作品作りに没頭する女子高生の“B子”。

 彼女は彼女で、夢のため、プロの漫画家のもとでアシスタントを始めることに決めたわけですが、売れっ子漫画家はハードルが高すぎると思い、ある程度知名度のある小物の漫画家を選びます。それが終わった漫画家だったのです。

 そうです。『終わった漫画家』で描かれるのは、三者三様それぞれの思惑が絶妙に噛み合った不思議な三角関係なのです。これまでの三角関係漫画によくあった、すれ違ったり、切なかったりする展開は一切ありません。

 しかし、それぞれが何を考えているかはもちろん、知る由もないので、3人とも勝手に悩み続けます。

 とにかくA子と結婚したいのに何もできない漫画家、恋愛経験がないため、あらぬ妄想をするだけのA子、終わった漫画家を踏み台にして下克上したいB子。

 そして、この漫画の特徴のひとつとして、大量のセリフとモノローグ、しつこいまでの状況説明というものがあります。

 かつて、こんなに説明の多い漫画があったか?というくらい、人物の心理描写が細かく描かれているので、「え? あのときのセリフってこういう意味だったの?」という誤解が生まれません。3人が何を考えて行動しているのかが、すぐわかります。

 やたらと出てくる伏線や、最終回まで引っ張り続ける秘密、意味深な回想、表情だけで語りかけるといった、昨今の漫画にありがちな演出は一切ありません。ドリフの大爆笑ばりの展開のわかりやすさです。

 ところが、この絶妙に噛み合っていた三角関係も、少しずつ変化していきます。そのきっかけは、やはり漫画。

 A子の提案により、B子と漫画家で、漫画を描くことになります。自分のプロットが通用するかという実験にしたかったB子は、A子の名前で賞に応募することに。すると、応募した漫画は見事入賞。

 さらに、漫画家役のA子が、編集部に図々しく頼み込んだおかげで、連載のチャンスまでも掴むことになるのです。

 かくして、原作をB子、作画を漫画家、漫画家役をA子という、三位一体の共同制作が始まります。そんななか、親身になってくれる漫画家に対して、ついにB子までもが恋心を抱くようになってしまうのです。

 人間関係も恋愛関係も仕事も、すべてが絶妙なバランスで成り立っている3人。それがズレると、一体どうなってしまうのか?

 新感覚の三角関係漫画を、ぜひ体験してみてください。

文=島野美穂(清談社)