「酒を呑むお客様は、ありゃ馬鹿だ!」 新旧御三家が入り乱れる仁義なき居酒屋戦争

ビジネス

公開日:2018/10/24

『居酒屋チェーン戦国史』(中村芳平/イースト・プレス)

 私たちが毎週末のようにお世話になる「居酒屋」。“飲み”という空間を提供するお店には、一言では語れない魅力がつまっている。だから今週末も居酒屋にお客が集まる。

 だが、そんな楽しい空間の裏で、ひしめきあうシビアな戦いが行われているのをご存じだろうか。居酒屋は浮き沈みの激しい集客競争業界。「養老乃瀧」「村さ来」「ワタミ」「モンテローザ」「鳥貴族」…誰もが知る大手チェーンは仁義なき“居酒屋戦争”を勝ち抜いて業界のトップに躍り出た。そして今も身を削るような攻防を見せる。

 華やかな店内からは想像もできない居酒屋の“戦国史”をまとめたのが『居酒屋チェーン戦国史』(中村芳平/イースト・プレス)だ。

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■1兆円規模の業界で居酒屋チェーンがしのぎを削る

 居酒屋の歴史は鎌倉時代にまでさかのぼる。酒屋の店頭で升酒を飲ませたのが始まりで、立ち飲み屋風の風習が起源になった。居酒屋自体は古くから存在するものの、“居酒屋チェーン”の歴史は実は非常に浅い。日本で初めて居酒屋チェーンを展開したのは、東京浅草で惣菜屋兼焼鳥屋として「鮒忠」だそうだ(1950年)。1978年にはフランチャイズ方式で100店舗を展開した。

 鮒忠が開業して70年足らず、それから“居酒屋チェーン”は急激に成長し、外食産業というくくりの中に“居酒屋業界”なるものを作り上げてしまう。しかし業界自体は大きいものではなく、外食産業の規模が25兆円程度なのに対し、居酒屋業界の規模は1兆円ほど。比較的小規模の業界で各チェーンがしのぎを削り合ってトップを目指す。これこそ“仁義なき居酒屋戦争”たるゆえんなのだ。

■仁義なき居酒屋業界の「旧御三家」と「新御三家」

 読者に仁義なき居酒屋業界の「旧御三家」と「新御三家」をご紹介したい。

 黎明期である60年代から居酒屋チェーンを推進した「養老乃瀧」。80年代に起こった爆発的な居酒屋ブームに乗ってチェーン化を推進した「村さ来」「つぼ八」。居酒屋好きなら誰もが目にしたことのあるこの3社を居酒屋チェーンの「旧御三家」と呼ぶ。

 しかし旧御三家は90年代に起きたバブル崩壊によって、業界トップの座を譲らなければならなくなった。徐々に勢力を弱める彼らに代わって業界の先頭に立ったのが、新御三家だった。

「白木屋」「魚民」「笑笑」「山内農場」などを展開する「モンテローザ」、「和民」「坐・和民」などを展開する「ワタミ」、「甘太郎」「三間堂」「いろはにほへと」などを展開する「コロワイドMD」、この3社だ。彼らは「総合型居酒屋」と呼ばれるスタンダードで親しみやすい店舗を展開することで、旧御三家を退け、20年にわたって業界の顔になった。

 しかし、この新御三家にも今や赤信号が点灯している。

■新御三家を蹴散らす新勢力とは――

 モンテローザは2014年度から2016年度までの最終損益が3期連続の赤字で危機的な経営状態に直面している。ワタミは女性社員の過労死問題で「ブラック企業」として名が知れ渡り、2015年12月に“虎の子”の介護事業を売却。かろうじて経営危機を乗り切って今に至る。コロワイドは得意のM&Aで、回転ずしチェーン「かっぱ寿司」を運営する「カッパ・クリエイト」を買収したが、再建に苦戦。わずか2年数カ月の間に社長を4度も替える異常事態に陥った。

 居酒屋業界は、当たれば大儲けできる。しかしわずか70年の間に新旧の御三家が2度も入れ替わるほど群雄割拠な世界だ。

 そして今、新しい勢力がトップの座につこうとしている。「鳥貴族」「塚田農場」「磯丸水産」「串カツ田中」「晩杯屋」という5つの居酒屋チェーンだ。彼らに共通する特徴は「専門店型居酒屋」であることだ。

 2008年に起きたリーマンショック、2011年に起きた東日本大震災。これらの出来事が消費者の財布のヒモを固くした。企業が大宴会を開く機会は減り、居酒屋に立ち寄る会社帰りのサラリーマンも激減。数百坪にも及ぶ大きな店舗を構え、多彩なメニューでお客を魅了する「総合型居酒屋」の需要は薄まりつつある。

 その一方で、小型な店舗を構え、メニューを専門料理にしぼり、安さと質を両立することでお客に満足感を与える「専門店型居酒屋」は、時代にマッチする。客単価を見比べても、新御三家は3000円~3500円、「鳥貴族」や「金の蔵」をはじめとする全品均一居酒屋は2000円前後、というようにコストパフォーマンスに弱い消費者の心をくすぐる。

 しかし、これらの居酒屋もいつまで勢いを維持できるかは分からない。わずか70年で“戦国史”が作れるほど居酒屋業界は忙しないからだ。

■「酒を呑むお客様は、ありゃ馬鹿だ!」

 ここまでご紹介した業界の潮流は、本書の一部概要にすぎない。本書は居酒屋の戦国歴史を紹介しつつ、70年の間にトップに躍り出た居酒屋チェーンの創業者の半生も取り上げる。しかも登場する創業者たちは皆、奇人変人ぞろいなのだ。彼らの言葉をいくつか並べてみよう。

居酒屋チェーンの先駆者――「養老乃瀧」木下藤吉郎
「酒を呑むお客様は、ありゃ馬鹿だ!」

革命商品「酎ハイ」を開発した男――「村さ来」清宮勝一
「先入観のない若者には焼酎が受ける」

燃えすぎた「青年社長」――「ワタミ」渡邉美樹
「365日24時間死ぬまで働け!」

 うーむ…1代で巨大な居酒屋チェーンを築く創業者は、やはり並の人間では務まらないのだろう。本書を読むと、今までなんとなく選んでいた居酒屋の背景や経営理念が理解でき、繁華街に並ぶ看板の見方が変わるようになる。今まで以上に各チェーンの好き嫌いがはっきりするかもしれない。

 仁義なき居酒屋戦争は、奇人変人の創業者たちを先頭に、今晩も始まろうとしている。

文=いのうえゆきひろ