食品工場の衛生管理の厳しさを知ってる? 作る人への感謝の気持ちを忘れずに

暮らし

2018/10/26

『食品工場の中の人たち』(各務葉月/KADOKAWA)

 大手食品会社のパンと個人経営の手作りパンとを同じ場所に放置して、両者の変化を比較するという実験をネットで見たことがある。そして大手食品会社のパンが腐りにくいことから、添加物が多く含まれていて体に悪いという結論を導いているのだが、密閉せず温度管理もしていないという実験と呼べる代物でさえないのに、SNSなどで信じてしまう人はいたようだ。しかし、私がアルバイトをしていた漬物工場では、一日の稼働時間8時間のうち実に三分の二くらいの時間を設備の清掃に当てており、徹底した衛生管理が行なわれていた。食べ物が腐る主な原因は細菌による汚染なのだから、大手食品会社の方が腐りにくいのは単純に衛生管理の厳しさゆえなんである。この『食品工場の中の人たち』(各務葉月/KADOKAWA)は、そんな裏側を知るのに最適な一冊だ。

 本書は、会社勤めをしながら趣味で漫画を描いている作者が、食品工場で働いていた経験をもとにした漫画作品で、主人公は元ニートのバイト君という設定ではあるものの、作中における現場の解説からすると実話としての信頼性は高い。

 会社によって細かい点は異なるだろうが、主人公が働く工場では出勤して作業用の制服に着替えるさいには帽子、上着、ズボンと順番が決められている。それからマスクとエプロンを着用し、監視人の立ち会いのもとで洗浄用石鹸と逆性石鹸を使い2回手洗いをする。ここまででもう気疲れしてしまいそうだけれど、さらに頭から背中、足にかけて全身にペーパーローラーをかけ、手の届かない範囲は同僚にやってもらい、たまにローラーが股間に当たることもある模様。そして粉塵などを作業場に持ち込まないようエアシャワーを通り抜けて、ようやく作業に取り掛かる……のではない。最後に装着する手袋は、穴が開いていないか膨らませて確認するのだ。

 本書の工場で作っているのは洋菓子とはいえ、製品自体の管理も甘くない。コンベアを流れる菓子は金属探知機をくぐり、異常を検知すると止まるので反応した物を半分に割ってまた金属探知機に通し、さらに半分にして調べるということを繰り返した結果、ネジが発見されたことがあるそうだ。この事例は「ゆるゆる工場で起きた出来事」だというが、ゆるゆるでさえそこまでしている証左でもあろう。また工場では怪我がつきもので、こういった異物混入を防ぐために絆創膏は青い物が使われているうえ、パッド部分はアルミ製だという。青い食品は少ないから目視で発見しやすく、アルミ製なのは金属探知機で探知できるようにとのこと。そして、製品の一部を採取しての培養検査は毎日行なっており、出荷して終わりではない。

 大手食品会社は何か悪いことをしているはずだという思い込みで、根拠に乏しい批判をするのは、権力に抗う、あるいは自分は正しいことをしているという快感があるのだろう。しかし企業に人格を感じられないから忘れているのかもしれないが、それは食品会社で働く人たちを侮辱していることにほかならない。だから手作りの個人のお店のほうの名誉のために云えば、流通に乗せる必要が無いのなら最低限の衛生管理で十分だし、携わる人が少ない分、目は行き届きやすい。また、それこそパンや漬物なんかは常在菌が個性の違いにもなるため、食品を作るのに完全にクリーンな環境が良いわけでもないんである。

 本書には、将来自分の店を持ちたいと思っている人もいれば諦めた人、家にいてもつまらないから働きに来ている人、一度は退職して他の仕事が合わず戻ってきた人など、様々な境遇や目的で働く人たちが登場し、それぞれのエピソードが自分や知り合いを連想させる。食事の前の「いただきます」は、食材の命と作る人への感謝の言葉。食品会社で大量生産された物でも、個人の手作りの物でも、等しく感謝の気持ちを忘れずに食したいと思う。

文=清水銀嶺