真面目な主婦ほど陥りやすい…被害総額1日約13億円!“万引き依存症”の実態

社会

公開日:2018/10/28

『万引き依存症』(斉藤章佳/イースト・プレス)

 近年問題になっている“依存症”。スマホ、ギャンブル、お酒、薬物などにハマり、人生が崩壊しても、周囲の人をどん底に陥れても、依存状態から逃れられず再び繰り返す。依存症は意志の有無で解決する“個人の問題”ではなく、れっきとした病気であり、今すぐ対策を立てなければならない社会問題だ。

 その中でも、今も社会に甚大な被害をもたらし続ける依存症がある。万引き依存症だ。あまり聞き慣れないこの病気にかかると、どれだけ逮捕されても、いくら家族や周りの人々が説得しようが、何度もお店で商品や金品を盗み続けることになる。……恐ろしい。

 しかしなぜ万引きは“依存症”になるのだろうか?

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『万引き依存症』(斉藤章佳/イースト・プレス)は、精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さんが、東京都・大田区にある大森榎本クリニックで、長年臨床に携わることで得た万引き依存症に関する知見を述べた1冊だ。本書で語られる詳細さには舌を巻くばかりであり、到底すべては伝えられない。そこでこの記事では、万引きに依存症が存在する理由、どんな人がなぜ依存症になるのか、この2点にしぼって取り上げたい。

■ストレス解消のために行った万引きが依存症に変わる

 本書によると、万引きによるお店の被害額は、なんと1日当たり約13億円。いかに全国各地で万引きが多発し、お店がその被害に苦しんでいるか理解いただけるはずだ。ある全国チェーン店では万引きが起こることを見越して、盗まれても利益が出るような“値段設定”がなされているという。決して万引きは他人事ではない。しっかり私たちの生活にも影響が出ているのだ。

 そもそもなぜ万引きに依存症が存在するのか。映画『万引き家族』で観たように、貧困状態にある人々が仕方なくやっているのだろうか。本書によると、大森榎本クリニックを訪れる依存症患者は、大きく3つに分かれるという。

1 摂食障害が発展して万引きを繰り返す人
2 65歳以上の高齢者、特に認知症が疑われる人
3 万引き行為そのものに依存している人

 このうち1と2は、摂食障害や脳の認知機能の低下(=社会のルールを守れなくなる)など、もともと存在した問題が発展して万引きに及んでいる。純粋な依存症ではない。

 一方、3は「窃盗のために窃盗」を行う立派な万引き依存症患者だ。本書にある例を、中略を挟みながらご紹介しよう。

50代女性・Cさんのケース
家族のことでストレスが溜まり、追い詰められると万引きをするCさん。義理の母の介護、夫の借金問題、子どもの学費問題、そのうえ自分の仕事があるし、夫は私の収入を当てにしている……。
爆発しそうになったある日、(中略)大型スーパーで、あんこ入りの饅頭をひとつ万引きしました。(中略)衝動的に手を伸ばしていたそうです。
(中略)そのとき、ある種の快感と解放感がありました。ストレスごとゴミ箱に投げ捨てたようでイライラがスーッと消えたといいます。

 こうしてCさんは万引きの常習犯になっていく。

 この例でみるように、Cさんはお金に悩みを抱えていたようだが、決して食べ物を買えない状態ではなかった。たまたま初めて魔が差したように行ってしまった万引きによって“ストレスが解消”され、それから万引きに依存していった。

 現代社会を生きていてストレスを感じない人はいない。そのため多くが自分なりの“対処法”を持っている。映画や音楽、運動、飲み食いなど、私たちがストレス発散のために行う対処法を「ストレス・コーピング」という。

 このストレス・コーピングが、誰かに迷惑をかける“問題行動”に発展することがある。嫌なことを忘れるために溺れるお酒、経済的に困窮しても続けるギャンブル、一瞬の優越感に浸るための痴漢行為、そして万引きなのだ。

 万引きを繰り返す彼らは、貧困なわけでも犯罪を楽しむ愉快犯でもない。背景にそれぞれが抱えた問題があり、そのストレスを忘れるために“万引き”に手を染めた依存症患者だ。

■万引き依存症の多くは家庭環境に問題のある主婦

 ストレスを発散できなければ、心が病んでいずれ鬱になり、自殺の可能性がみえる。これは周知の事実だ。そのため斉藤さんは本書で、「患者たちは生きるために万引きをしている」と語る。とても苦しい行き場のないストレスを、やむを得ず万引きで晴らしている状態だ。

 もちろん決して万引き依存症を擁護するわけではない。しかし彼らにはそれだけ追い詰められている現実がある。

 では、どんな人々が依存症に染まってしまうのだろう。本書によると、なんと女性が、それも主婦が多いのだそうだ。大森榎本クリニックに通院する患者217人のうち155人、なんと7割以上が女性。主婦が万引き依存症に陥る驚きのデータが載せられている。

 かつての日本の悪しき風習をいまだ引きずるように、女性は結婚することで大きく人生が変わる。良い夫に巡り合えば円満な家庭を築けて幸せな人生をまっとうするだろう。

 しかし家事や子育てに無関心、暴力行為や給料を渡さないことで精神的に追い詰めるDV、言葉や態度による暴力・モラハラ、嫁姑問題など、とんでもない夫やその家族にあたると女性の人生は一変する。

 まして経済的に厳しい人々が増えた今、夫と普通に暮らしていても家計で頭を悩ます女性が多いはずだ。さらに、2012年に国際社会調査プログラム(ISSP)が調査したところ、「日本は世界一、男性が家事をしない国」ということも明らかになった。「結婚は人生の墓場」という格言があるが、これは女性のためにある言葉ではないか。

 結婚によって家庭に関する負担が女性に重くのしかかる。ストレスにまみれた生活によって、ささやかなストレス解消も意味をなさない。今にも心がつぶされそうなとき、つい近所のスーパーで出来心で盗ってしまった商品。いけないことと思いつつ、レジを通さずスーパーを後にしたとき、かつてない快感が心に押し寄せる……。

 これが本書で紹介されている万引き依存症の実態だ。

■簡単には解決できない万引き依存症の根深い問題

 ここまでご紹介した内容は、万引き依存症の実態の一部にすぎない。先ほど例を挙げたように摂食障害や認知症によって万引きを始めてしまう人、DVや虐待を受け続けた人が復讐(=「私はあなたに不満がある!それに気づいて!」の意味に近い)のために始めてしまう人、家族を失った喪失感から始めてしまう人など、様々な原因が発端となり依存症に堕ちていく。

 総じていえば、家族の問題なのだ。それも経済的な問題ではなく、お互いの関わり方、コミュニケーション不足や変化に気づいてあげられなかった“ケアの不足”のように感じる。

 また、本書で斉藤さんが、依存症になる多くが「もともと万引きするように見えない真面目な人」と言及していることからも、本人の中で相当な葛藤があった末の結果ではないかと読み解くことができる。社会に甚大な被害をもたらしている以上、決して彼らを擁護することはできないが、それでも若干の不憫さが残る。

 さらに、万引き犯として捕まった際その罰があまりに軽すぎること、依存症者本人の病気を治療する現場が少なすぎることなど、万引き依存症が一向に減らない社会的な要因もある。この問題は非常に根深いのだ。本書を読んでいて心苦しくなるばかりだった。

 もし自分の家族が万引きに手を染めたとき、それは初犯と思わないほうがいい。この記事では割愛したが、万引きは見つかりにくい、見つかっても即逮捕に至らないことがある、バレにくい犯罪だ。家族の万引きを知ったら、依存症の可能性を疑ってみよう。家庭内部にどんな問題があるのか洗い出してみよう。この問題は万引きした本人を叱っても絶対に解決しない。治療すべき病気であり、病気になるだけの原因がある。

 そして万引き依存症は誰にでも起こりうる問題だ。決して他人事と思わないよう、自身の生き方や環境に気をつけてほしい。

文=いのうえゆきひろ