フィンランドから「異次元」に行ける!? ココロに元気をくれる「サプリ小説」

文芸・カルチャー

公開日:2018/10/27

『くらげホテル』(尾﨑英子/KADOKAWA)

「どこか知らないところ、遠いところに行ってみたいなあ…」

 なにか不満があるわけではなくても、ふとそんな気持ちになることはあるだろう。物理的な移動でなくてもいい、気持ちだけでも、新鮮な世界を旅してみたい。『くらげホテル』(尾﨑英子/KADOKAWA)はそんな時にぴったりの1冊だ。

 登場人物は、年齢も立場も異なる4人の男女。偶然出会った4名それぞれのストーリーが、時にはからみ、時には離れるオムニバス形式で物語は進んでいく。ふとしたことから旅仲間となった彼らは、それぞれやむにやまれぬ事情を抱えて旅に出ようとしていた。旅先はフィンランド…の森からつながる「異次元」。

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 異次元というワードは出てくるが、いわゆるSFやスピリチュアルの本ではない。“現実的世界とそれ以外”の接点が違和感なくふわりと置かれている、そんな柔らかな空気感の小説だ。

“多聞(たもん)”は占いカフェを経営している四十男。経営者といっても仕事はパッとせず、それどころか殺人事件に巻き込まれて「日本以外のどこか」に逃げるしかなくなった。4名のなかでいちばん若い“希羅々”は25歳。社交的な祖母や母親と違って社会になじめないという悩みを抱えている。いちばん年長の“矢野”は、最愛の妻を病で失い、彼女との再会を願ってこの地を訪れた。最後の参加者“典江”は子育てを終えたばかり。現状に不満はないが、第二の人生を求めてここまでたどり着いた。

 旅に出たきっかけも、「そもそも異次元の存在を信じるか」という基本的な熱量もバラバラ。共通点は「異次元の世界につながっている」という噂のある、フィンランドの「ホテル・メデューサ」を目指してきたという一点のみ。「異次元ってなに?」ということもはっきり分からないまま、ある者は占い師のお告げで、ある者はいつも閲覧するサイトにあった謎のメッセージをヒントにやってきた。とりあえず「ホテル・メデューサ」は実在し、そこで出会ったミステリアスな日本女性“スミレ”を道先案内に「異次元への旅」は現実味を増し始めるが…。

 物語全体を包むトーンは穏やかで透明感にあふれ、フィンランドのさわやかな空気そのもの。ときおり軽やかなユーモアにクスっとなる。強いメッセージ性や教訓がおもてだって著者から示されることはないが、そのぶん読み手によってさまざまな受け取り方ができ「こんな生き方や世界もある」と、物の見方を更新してくれる。ある人は「本当の自分」について、ある人は人間の縁というものについて、想いを巡らせるだろう。

 いい味を出しているのが謎のお菓子「くらげキャラメル」。意外にも美味しい(らしい)。また、偶然集まったかにみえる4名を、こっそりつなげていた影の立役者でもあるのもおもしろいところ。4名の関係が少しずつ明らかになっていくのもパズルを解くようで楽しい。小さな奇跡がつながってご縁とは生まれていくもの…そう思うと、この現実世界も味わいが増して感じられる。

 フィンランドの風景描写が美しく、文字をたどっていくうちに目も心も洗われるような心地よさを感じる本書。1冊読み終えたころには、いつの間にか自分も「異次元」に行ってきたような、不思議な爽快感に包まれる。さりげなく、だが爽やかに心に残り続ける小説だ。

文=桜倉麻子