日本人も知らない、戦後日本の裏話…1964年と2020年、ふたつの“東京五輪”の狭間で変わりゆく日本人の姿

文芸・カルチャー

公開日:2018/10/29

『ふたつのオリンピック 東京1964/2020』(ロバート・ホワイティング:著、玉木正之:訳/KADOKAWA)

 2020年のオリンピックまで2年を切り、今、東京は変革の真っ只中にある。五輪関連施設の建設が急ピッチで進むだけでなく、JR山手線の品川新駅(仮称)の暫定開業をはじめ都内各地で続々と進む大規模な再開発。「数ヶ月前と景色がまるで違っていた!」なんてこと、現在の東京では珍しいことではない。

 実は1964年の東京オリンピックのときも同じことが起きていた。しかも戦後復興の象徴として、急ピッチで東京が近代都市に変貌していく勢いは、現在よりさらに凄まじいものだったという。なにより強烈なのは、その騒音と臭い。どこにいっても混雑&交通渋滞! 銀座のど真ん中にもセメントの臭いが充満し、大気中の有害物質から身を守るため、交通警官は酸素ボンベを携帯し、歩行者はマスクをつけていたという…(ちなみにまだ下水道の整備が十分ではなく、河川からは悪臭。郊外で汚物は畑にまかれ、どこもひどい臭いだったとか)。

 そんな「変貌する都市」である東京のダイナミズムを半世紀にわたって見つめた好著が登場した。『ふたつのオリンピック 東京1964/2020』(ロバート・ホワイティング:著、玉木正之:訳/KADOKAWA)だ。

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 著者のロバート・ホワイティング氏は日本の野球をテーマにした『菊とバット』『和をもって日本となす』、日本の裏社会をテーマにした『東京アンダーワールド』などの数々のベストセラーを送り出したアメリカ人作家/ジャーナリストだ。1962年に20歳でGIとして来日。府中の空軍基地に勤務しながら可能なかぎり東京の中心部へ出かけ、変化する街・東京の狂騒を目の当たりにした。

 本書は除隊後もそのまま日本に暮らし、日本人女性と結婚もした著者の自伝的な一冊であり、東京に暮らす元GIだから見ることが可能だった東京の姿(スリリングな国際情勢下の米軍の機密事項、CIA・自民党とヤクザのつながり、繁華街の店を仕切っていた米軍あがりの経営者、ガイジンに群がる女たちetc.)がつまっている。それはまさに「戦後復興史の暗部」というべきもの。「東京」は私たちが見知っていたはずの顔とは別の少々ドギツイ面を見せ、とにかく刺激的だ。

 一方で、赤ちょうちんでビールジョッキ片手に巨人戦を見たり、ユーミンの歌に聞きほれたりするのがお気に入りという著者だからこそ、日本人の庶民マインドへの理解も深い。普通のアメリカ人は「あんなの草野球だ」と見向きもしなかった日本のプロ野球にのめり込み、日米文化論としての著書をものすまでになる。本書には当時の人気選手にインタビューしたエピソードも多数紹介されているが、「日本らしさ」の塊のような組織の内情や、ド級に豪快な外国人選手の素顔などを赤裸々に描いてみせるのも痛快だ。なお飲み屋で知り合ったヤクザ者を介して裏社会にも親しんでいくが、普通ならビビってしまう現場にも怯まないのがスゴい(本人曰く「よくわかってなかった」らしいが)。

 自分は「ガイジン=アウトサイダー」だという著者。「同化」の難しさをクールに見つめ、時々にあわせて日本人との心理的距離を上手にとりながら、自身のアイデンティティを探してきた。3.11、そして直近の豊洲市場移転問題まで至近で見つめる彼の50年の歩みは、そのまま私たち日本人が在日外国人とどう対峙してきたのかの合わせ鏡でもある。いまや都心のコンビニや工事現場では外国人労働者がいるのが当たり前の風景になり、著者も絶賛する大谷翔平選手のように「自らの意志」を怯まず海外で貫く若者も出てきている。現在の日本人のマインドはこの本にある姿とは少しずつ変質しているのか、それとも変わらないのか。エキサイティングな「日本社会論」でもある本書で、確かめてみてほしい。

文=荒井理恵