なぜ、そう描いた!? エロおやじのような子ども、謎の生物…「へん」で身につく西洋絵画の教養

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公開日:2018/10/27

『へんな西洋絵画』(山田五郎/講談社)

 学校の授業や美術館、テレビなどで見る西洋絵画を、「へん」だと思ったことはないだろうか? 小学生の時などは、それをネタにクラス中が盛り上がることも。大人になってからも、「素晴らしい芸術作品」とされていることは認識しているのだが、突っ込まずにはいられない絵画に遭遇することがある。美術館で周りの人が真剣に“絵画鑑賞”しているのに、不謹慎だとは思いつつも、友人とコソコソ笑い合ってしまうなんてこともあるかもしれない。

『へんな西洋絵画』(山田五郎/講談社)では、テレビやラジオでもおなじみの山田五郎氏が、「へん」な絵画のみを紹介し、それぞれの時代や文化的な背景を交えて解説する。まず掲載されている絵画が、ひと目見ただけで笑ってしまうようなインパクトのあるものばかりな上に、そこに加わる著者のコメントで面白さが倍増。それもそのはず、著者の山田氏は、学生時代にはオーストリアで西洋美術史を学び、編集者時代には美術書を何冊も手がけた経験を持つ美術評論家なのだ。西洋絵画の新しい楽しみ方を提案してくれる。

■「へん」な子ども

 本書によれば、西洋の古典絵画の特徴のひとつに、可愛くない「へん」な子どもが多いことがあるのだそう。例えば、ドメニコ・ヴェネツィアーノの「聖母子」では、幼子イエスが三白眼のエロおやじ顔で、聖母を口説いているようにも見える。カルロ・クリヴェッリの「受難の象徴の前の聖母子」では、子どもたちが皆、無表情で口を開け、放心した表情で天を仰いでいる。著者は、これらの子どもたちが実は神の子、あるいは聖なる存在であるがゆえに、威厳と子供らしさという相反する要素を両立させようとして、「へん」になってしまったのだろうと解説する。

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▲ドメニコ・ヴェネツィアーノ「聖母子」

■「へん」な生き物

 西洋絵画には、しばしば奇妙な動物が描かれている。ニコ・ピロスマニの「キリン」は、形はキリンなのだが、なぜか黒い斑点のある模様をしている。14世紀に書かれた『狩りの書』に掲載されている「木に登る山猫を狩る猟犬」では、猫の顔が人間のように描かれ、まるで人面猫。著者は、中世ヨーロッパの挿絵入り写本には、アニメキャラや怪獣を彷彿とさせるような謎の生き物が多く登場すると指摘するが、とりわけ『東方の驚異』という写本がすごい。

 描かれているのは、ウルトラ怪獣ジャミラの原型のような生き物「無頭族」、腕に絡められるほどの福耳を持つ人のような生き物「パノチー」…。こんなことになってしまうのは、当時の西欧の人々にとって東方は未知の魔界だったから。こんなおかしな生き物が棲んでいると勝手に想像をめぐらせていたのだ。ちなみに、犬や猫のような西洋人でも見たことがあるはずの動物が「へん」なのは、単に画家が下手だったということらしい。

■「へん」なマニエリスム絵画

 本書によれば、マニエリスム絵画とは、ルネサンスの巨匠たちが15世紀に確立した手法をさらに極めようとして逆に「へん」になってしまったもの。笑ってしまうというより、不思議という意味で「へん」なのだ。エル・グレコの「ラオコーン」には、ぐにゃぐにゃ伸びるゴム人間のような人たちが描かれている。ルーベンスの「聖フランシスコ・ザビエルの奇蹟」では、棺から蘇る死者がモヒカンヘア。絵のテーマを考慮すると、この人物は日本人であると解釈できるので、モヒカンヘアはちょんまげのつもりではないかと著者は指摘する。

▲ピーテル・パウル・ルーベンス「聖フランシスコ・ザビエルの奇蹟」

 ページをめくるごとに、これでもかと「へん」な絵画が目に飛び込んでくる本書。それぞれの絵画につけられた、「へん」なポイントを一言で説明するキャプションも秀逸で、何度も吹き出してしまった。見たことがあるような有名な絵画も多数紹介されており、「へんだと思っていたのは自分だけではなかった!」と妙な安心感を覚え、共感すること間違いなし。著者がテレビやラジオでコメントする時のような語り口で西洋絵画史を解説してくれるので、崇高な芸術がぐっと身近に感じられる。今年の秋は西洋絵画の新しい世界をのぞいてみては?

文=松澤友子