90歳お爺ちゃんが少年に転生!? モフモフ獣と少年に癒される穏やかな物語は、孤独な魂の救済劇だった――!

文芸・カルチャー

2018/11/14

『魔法使いで引きこもり?』(小鳥屋エム:著、戸部淑:イラスト/KADOKAWA)

 魔法を使い、仲間と冒険を繰り広げ、まだ見ぬ世界の扉を開く――大人には、かつてそんな夢に胸をときめかせた子供時代があったのではないだろうか? かの『ハリー・ポッター』シリーズに憧れ、魔法学校に入学してみたいと夢見たファンタジー好きの読者も少なくないだろう。

 厳しい現実の世界を生きるうち、いつしかそんな記憶も薄れていくものの、物語を求める心は変わらない。近年、苦労人の社会人が異世界に転生し平和なスローライフを送る物語が流行しているが、その背景の一つには、想像の世界にひととき飛び立ち、心を慰めるという普遍的な心理があるだろう。しかし本作『魔法使いで引きこもり?』の主人公は、そうした異世界転生スローライフものの中でも、突出した特徴を持つ。悲しい過去が原因で孤独な人生を送ってきた彼は、90歳で大往生を遂げた後、見かねた女神様に「人生を楽しみなさい」と言われ、愛らしい少年:シウとして異世界に転生することになるのだ。

 見た目は少年だが、90歳の老成した視点を保っているシウは、持ち前の優しい心と、女神様に与えられたチート能力で、異世界で出会う人々とのつながりを深めていく。そして旅の途中で見つけたモフモフの猫型騎獣をお供に、様々な魔法を身に付け、2巻では魔法学院に入学、3巻では学院の学園祭の様子も描かれる。ほのぼのした異世界転生ものでありながら、しっかりと魔法ファンタジーの王道も踏まえているのが『魔法使いで引きこもり?』の魅力だ。

 更に、冷静で現実的な思考を持つ主人公が、少しずつ人との関わりの中に踏み出し、成長していく姿は必見だ。チートにおごることもなく、前世での苦労から学んだ客観的な視点と的確な判断力で、異世界での様々な出来事を潜り抜けていく主人公。当然簡単に他者に心のうちを見せたりはしない彼だが、その目を通して見る異世界の住人はとても生き生きと輝いている。山賊に襲われていたところをシウが助けたことをきっかけに、良き理解者になってくれた博識なスタン爺さん。魔法学院の友人で、大商人の息子ながらなぜか庶民的な金銭感覚を持つリグドールと、普段はおとなしいが意外なところで芯の強さを見せるアリス。そして「隻眼の英雄」と称えられながら実は少年のような心を持ち、シウにやや冷たくあしらわれている辺境伯キリク――彼らとの出会いを通して、その硬い心の殻を少しずつ破っていくのだ。

 キリクは物語の中で、シウにこう語りかける。

「人間はなぁ、人と付き合って生きるから、人なんだぞ。一人寂しく森の中で暮らしていたら、人ではなくなるんだ」
「……そう、ですね」
「友達、いるんだろ? 世話になったやつとか世話をしてるやつとか。好きな女の子はいないのか。いないならば作ればいい。もっと人と関わりを持てよ。お前に鈴を着けたりはしないから」
(『魔法使いで引きこもり?3 ~モフモフと飛び立つ異世界の空~』より)

 シウはまだ自覚していないが、彼が異世界で出会った人々との間で作り上げているのは、まぎれもない、彼の「居場所」だ。心の殻を破ることによって、前世では気づくことのできなかった、自分を愛してくれている人たちの好意に気づき、人との関わりの中に存在しているという確かな手ごたえを得ていく。これは魔法ファンタジーであると同時に、異世界転生を通して描く孤独な魂の救済劇なのだ。ほのぼのしたスローライフ物語の裏には、大人になった今だからこそ味わえる、ヒューマンドラマが隠されている。