花火職人は花火を見てはいけない? 巨匠さいとう・たかをが語る真意は?

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更新日:2018/11/21

『鬼平流』(さいとう・たかを/宝島社)

 60年以上にわたり今も数々の作品を私たちの眼前に届けてくれる劇画の巨匠さいとう・たかを

 代表作『ゴルゴ13』は1968年スタートの作品で、現在連載継続中のものでは日本一の長寿漫画だそうだ。知らない人はいないと言っても過言ではない有名マンガだろう。同氏が数多くの作品を執筆してきたなかで、劇画『鬼平犯科帳』は「コミック乱」での連載が25周年を迎え、シリーズで描かれるキャラクターたちもすっかり定着している。池波正太郎の原作や、たびたびドラマ・映画化されてきた映像作品よりも、この劇画版の“鬼平”を真っ先にイメージする人もいるかもしれない。

 さいとう・たかをは今月で82歳(1936年11月生まれ)。現在でも月産ページ数はコミックの世界で最高枚数を誇っているという。しかも、掲載中に一度も休載をしたことがないという、そのバイタリティーや原動力は、どこにあるのだろうか? そんな同氏の考え方を覗き見ることができるのが、本書『鬼平流』(さいとう・たかを/宝島社)だ。

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■鬼平が活躍した江戸時代の空気は、現代社会にも通じるルールが多い

 本書は、巨匠さいとう・たかをが創作活動で磨き続けてきた美学と重ね合わせるように、劇画『鬼平犯科帳』の主人公である長谷川平蔵やさまざまな登場人物たちを紹介する構成となっている。しっかりと芯の通った主人公。そしてその主人公を引き立てるキャラクターたちの面々もまたいい味を出しているのだ。

 これだけキャラクターを細やかに描いてきた同氏は、さぞかし『鬼平犯科帳』の原作者である池波正太郎とも旧知の仲だったのでは…と、本書を読むまでは思っていたが、実は当初は劇画化を断られてしまったそうだ! そして池波正太郎とは直接会うことは叶わなかったものの、没後に夫人から承諾を得て、ようやくこの人気シリーズの劇画化が実現したというわけだ。

 そういったいきさつもあり、一層思い入れが深くなった『鬼平犯科帳』シリーズの制作について、キャラクター作りやストーリー展開、そして仕事の進め方や組織の構築についても、さいとう・たかをの「仕事論」が本書には詰まっている。まるで彼の仕事場を訪ね、いろいろ見聞しているような気分だ。

 自分が漫画家やクリエイターでなくても、面倒なことが多い現代社会を生き抜いていくためには、人生の先輩の教えが必要だ。著者は、「鬼平が描かれた人間社会は現代にも通じる」と語る。その「50の心得と矜持」から、すぐにでも真似してみたいヒントを紹介しよう。

■自分が強くなければ、仲間を守れない。(本書p.28)

 江戸にはびこる「諸悪」を厳しく取り締まったシリーズ主人公の鬼平こと長谷川平蔵だが、若かりし頃は、半分やくざ者のような無頼時代を送っていた。のちに役職(火付盗賊改方)に就いた折には、昔なじみの町人たちにさまざまな形でサポートをしてもらうのだが、無頼時代の平蔵もまた、人情に厚く人を助けずにはいられない人柄だった。立場は変われど、仲間のことを何よりも大事に考えていたのだ。

 一方、さいとう・たかをは自身の少年時代を振り返ってこう語る。

いつの間にか、私は周辺地域の悪ガキたちを束ねるようになっていた。周辺地域を牛耳ろう、とかそのような野心からではない。ただただ、倒していったら、気がついたら猿山のてっぺんにいただけだ。

 もともとはいじめグループに楯突いたことから、地元で「ワル」をやっていた著者だが、後年になって有名雑誌の編集長に、猿山の大将時代から実はよく知っていたことを打ち明けられ、仕事の依頼を受けたことがあるという。鬼平の姿とのシンクロ具合に、読んでいるこちらは驚くばかりだ。仲間や旧知との信頼関係を大切にし、人脈によって問題解決に結びつける術は、どうやら著者と主人公の間に深い共通点があるようだ。

■花火職人は、空の花火を見てはいけない。(本書p.68)

 さいとう・プロダクションに入ってきた新スタッフに著者が伝えるのは、

「我々の仕事は花火と花火職人の関係である」

というメッセージだそうだ。花火を見るのはあくまでも観客であって、職人は「観客がどのような顔をして花火を見ているか」を注視しなければいけないというのだ。

 これはあらゆる仕事に通じて携えておきたい視点だ。自分の担当した製品やプロジェクトの完成をただ喜ぶのでなく、それを手に取ってくれるお客さんの表情や様子を観察しておかなければ、次の仕事には続かないだろう。お客さんを満足させるものを提供する者でなくてはいけないのだ。

 著者は『鬼平犯科帳』を描く際にも江戸の町や雰囲気を違和感なく、かつリアルに感じられるように工夫を凝らしている。だが、凝りすぎて読んでいる人に伝わらないようでは意味がないと考え、読者の目線を想像して、当時の所作や言葉づかいをあえて現代風にアレンジして描くこともあるそうだ。

■名作シリーズ『鬼平犯科帳』に描かれた真のストーリーは…

 著者の語り口は、まるでその気持ちと言葉の力強さが、ページのこちら側まで伝わってくるようだ。話し口調で平易であるものの、簡潔でキリリとした文章には、読み手の気持ちが引き締まる。

 本書を通じて驚くのは、私も含めて多くの男性(女性「も」かもしれない)が憧れてきた「鬼平(長谷川平蔵)」とは、強靭な体躯とユーモアや優しさをあわせもった頼りになるボスであると同時に、実は作品を描いてきた「さいとう・たかを」自身でもある、という発見だ!

文=大庭 崇