超プレイボーイ光源氏を生んだのはドロドロの権力争い? 紫式部が源氏物語を書いた本当のワケ

文芸・カルチャー

2018/11/27

『源氏物語を反体制文学として読んでみる』(三田誠広/集英社)

「世界最古の長編小説」ともいわれ、過去には谷崎潤一郎、円地文子、橋本治、そして最近では角田光代といった名だたる作家たちが現代語訳を試みてきた『源氏物語』。平安時代中期に紫式部によって書かれたこの作品は、日本史や古文の授業で必ず登場することもあり、日本人ならだれもがその名を知っている。しかし原典を最後まで読破した人は、さほど多くないかもしれない。

 なにしろ、古文というだけでハードルが高いのに、全54帖ととにかく長い。さらに男性にとっては、絶世の美男子・光源氏が数多くの女性と浮名を流すという、そのアウトラインにどうにも興味を惹かれない人も多そうだ。だが、『源氏物語』には、じつは謎が多い。紫式部のくわしい生涯もわかっていないし、作者が本当に紫式部だったのかについても異説がある。また、書かれた当時のタイトルもわからなければ、本当は全何巻だったかすらもわからないのだ。

『源氏物語を反体制文学として読んでみる』(三田誠広/集英社)も、そんな『源氏物語』の謎のひとつに迫った1冊である。本書で主題となっている謎は、次のようなものだ。

紫式部が源氏物語を書いた平安時代は、摂関政治(天皇に嫁いだ娘が男児を産むことで外戚として権力を得る)の全盛期にあった。しかし『源氏物語』は天皇親政の時代を舞台とし、「源」という元皇族が活躍するストーリーだ。摂関政治をあえて否定するという、いわばその時代の「反体制文学」として『源氏物語』は大ベストセラーとなり、多くの読者を得た。なぜ紫式部はそのような果敢な挑戦をしたのか。

『源氏物語』は、藤原道長の援助を受けて書き進められたとされている。道長といえば、天皇の外戚として絶大な権力を振るった摂関政治を代表する人物だ。そんな道長が、摂関政治を否定する『源氏物語』の執筆を支援するのはいかにも不思議だ。

 だが、道長と紫式部は、男女の関係にあったともいわれている。また道長は最初から権力に近い場所にいたわけではなく、若いころは2人の兄の下で冷遇され、源氏の入り婿となっている。つまり、道長は藤原氏であると同時に源氏の身内でもあり、スタート地点では抵抗勢力側の人間だったのだ。

 そういう意味では、道長が反体制文学としての側面を持つ『源氏物語』を支援したのは、自然な流れだったといえる。紫式部も男女の関係にあった道長を応援するような気持ちで、源氏姓の主人公が活躍する物語を書きつづったのかもしれない。そして道長は、天皇親政を夢見る一条天皇に『源氏物語』を贈り、その歓心を買うことで権力を固めていく。

 しかし長い物語は、後半になるにつれ無常観が漂いだし、悲劇的な結末を迎える。それはもしかしたら、かつて愛し、応援した男が、成功を収めてみると俗物的な権力者になり下がってしまったことへの、紫式部の心情が反映されているのかもしれない。

文=奈落一騎/バーネット