2013年「餃子の王将社長殺人事件」――捜査線上に浮かんだ、謎の女性ヒットマンとは…

社会

更新日:2019/1/9

『最終補強版 餃子の王将社長射殺事件』(一橋文哉/KADOKAWA)

「テロとの戦い」は、平成という時代を象徴するキーワードの一つだ。2001年の9.11米国同時多発テロのような対国家テロもあれば、企業を標的とした殺人、拉致・監禁、恐喝など「企業テロ」と呼ばれるものもある。

 2013年12月19日早朝、「餃子の王将」を全国展開する「王将フードサービス」の大東隆行社長(当時72歳)が、京都市山科区の本社前で、何者かによって至近距離から立て続けに胸や腹に銃弾4発を撃ち込まれて殺害された、通称「餃子の王将社長射殺事件」(以下、本件)もそのひとつだ。

 この事件の全貌、そして企業テロの世界についても広範な詳細を教えてくれる『最終補強版 餃子の王将社長射殺事件』(一橋文哉/KADOKAWA)を少しひもといてみよう。

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 対国家テロなどでは多くの場合、首謀者が犯行声明文を出して、テロを行った理由などを表明する。一方、本書によれば、企業テロで特に殺人事件がらみの場合、実行犯の逮捕はおろか首謀者も動機もわからず、迷宮入りしてしまうことがほとんどだという。

●多くの企業テロの実行犯、首謀者が逮捕されない理由とは?

 その理由の一つに、実行犯が金で雇われた筋金入りのヒットマンであり、「犯人逮捕の手がかりや決め手となる証拠を、現場に一切残さないこと」があるという。

 本件ももちろん、現在も犯人逮捕に至らないままだが、著者は他にも、1993年に当時の阪和銀行副頭取が和歌山市の自宅前で射殺された事件、1994年に住友銀行名古屋支店支店長が自宅前で射殺された事件なども紹介し、いずれも犯人逮捕に至っていない現状を詳述している。

 企業テロの犯人逮捕を困難にさせるもう一つの理由として著者は、「複雑すぎる背後関係」を指摘する。テロの標的になる企業は多くの場合、金銭もしくは利益がらみのトラブルが闇社会との間であるケースが多いという。

 本書を読んでいて筆者が思わずイメージしたのは、1本の木を掘り起こした際に、地中では無数に分かれた根っこがぶらさがっている、あの様である。

 表向きは健全経営のように見えても、見えない部分ではいろんなしがらみがまとわりついており、それらの対処の仕方によっては、非情なテロの標的となる危険性をはらむのだ。

●わずか1日の滞在で帰国した謎の中国人女性の存在

 さて、本件に話を戻そう。

 本書によれば、大東社長を殺害したのは、中国籍の女性ヒットマンである可能性が極めて高いという。殺害前日の18日に日本に入国し、殺害した19日の当日に出国している中国人女性の記録が入管管理局で見つかったそうだ。

 本書に登場する暴力団関係者によれば通称、「抱きつきのリン」との異名を持つ、至近距離からの連射を得意とする中国人女性ヒットマンがいて、本件はその人物の犯行に手口が似ているという。

 また暗殺の場合、まず頭部を撃って確実に殺すのに対して、本件では体のみを狙う「苦しませて殺すやり方」で、これは中国マフィアが裏切り者に対して行う方法だと指摘する声もある。

 なぜ、大東社長が中国マフィアの恨みを買ったのか? その理由はどうやら、大東社長の肝いりプロジェクトだった「餃子の王将 中国進出」にあったようだ。その際、現地マフィアとの間でいくつものトラブルが発生していたことを、本書は詳細に明かしている。

 ただし本件は現在も未解決であり、「中国マフィアによる暗殺説」はあくまでも一つの推理に過ぎない。

 他にも創業者の闇社会とのトラブルも根深く、いったいだれが何の目的でたたき上げの大東社長を殺害したのか、それを明白にするために結ぶべき点はあまりに多く、一本の線にすることは至難の業のようだ。

 本書には他にも、企業テロの背景にある裏社会で、昼夜、不気味にうごめく集団や人々がさまざまに登場する。まるで映画を観ているかのような現実を垣間見ることができるが、現実なだけに「スリリングで楽しかった」などと言える世界ではない。

 本書を読む限り、大東社長は真面目一貫で、創業者一族の遺した負の遺産である反社会組織との決別を目指し、先導した人だったという。

 裏社会とのなれ合いを潔よしとしない、正義の人が生きられない社会はあまりにいびつだ。平成の時代から新しい時代へと移り、人々が正しいままで生きられる社会へと転換してくれることを願ってやまない。

文=町田光