『1億2000万人の矢沢永吉論』――日本のロックと不良を大人に変えた、矢沢永吉というカリスマの真実!
公開日:2018/12/14
矢沢永吉――69歳のロックシンガーが東京ドームに5万人を集めた夏。“永ちゃん”の歌声が、ハートがかく汗が、会場の興奮と熱狂を呼び、その日の東京の気温が数度上昇したとかしなかったとか。
会場のそこかしこには、白いスーツにグラサン、E.YAZAWAのタオルに身を包んだ幾人もの“永ちゃん”がいる。その格好は、憧れのスターに会いにゆくための“正装”なのだ。傍から見ると特異に感じるほどの思い入れの深さ、親愛と尊敬の気持ちは、いったいどこから来るのだろう? 矢沢永吉というスーパースターとはいかなる存在なのか?
『1億2000万人の矢沢永吉論』(浅野暁/双葉社)は、稀代のカリスマアーティストの生き様と熱烈なファンたちの人生が交錯してきた軌跡を通して、矢沢永吉という現象を解き明かそうとする一冊である。
本書に登場する熱狂的な矢沢永吉ファンは16組、50代から20代までの幅広い世代の男女で、職業も様々。共通項はもちろん「矢沢永吉」であり「矢沢永吉への憧れとリスペクト」という点にブレはない。だが、永ちゃんへのアプローチや視点は必ずしも同じではなく、そのことが「矢沢永吉」という存在を浮き彫りにしてゆく。
多くのファンが「生き様」に憧れた、と口にする。
横浜のラーメン屋店主・平賀敬展さんは、“永ちゃん”に憧れてミュージシャンを目指したが挫折。「永ちゃんの好物=ラーメン」だから「ラーメン屋になれば永ちゃんが来てくれる」と店を開くことにしたが、不安に襲われた。そんなとき、コンサートのMCで永ちゃんが口にした「ところてんが押し出されるみたいに押せば、いっちゃうから」という言葉が背中を押してくれた。
「永ちゃんってまずは行動ありきで、やりながら考えていく人ですよね。しかも、ずっと本気でやり続ける。(中略)オレも、ずっと本気でやってきましたからね」(平賀さん)
「キャロル」時代からファン歴42年の宇多麻美さん(仮名)は、7歳の時に父親を交通事故で亡くし、母子家庭で育った。恵まれない自分の境遇に苦しみ、悲観的に生きてきた彼女は、同じく若くして父を亡くした“矢沢さん”に自分を重ねた。
「理屈やゴタクを並べるヤツは金と暇のあるヤツさ。オレにはそんな時間も余裕もまったくなかった。オレの辞書には“行動”という言葉しかないんだ」――キャロルの著書『暴力青春』の一節に宇多さんは心を打たれ、コンサートに“会いに行く”ようになった。
「矢沢さんの生き様に触れることで、諦めなければ、必ずクリアできると確信が持てるようになった。泣いても笑っても明日は来ます。だったら転びながらも前を向いて走り続けていきたい」(宇多さん)
しかし、ファンが矢沢永吉に依存して生きているかといえば、そうではない。ファン歴44年の田辺敏さんのエピソードがそれを物語る。
田辺さんには、中学時代からの“永ちゃん”ファンの親友がいた。永ちゃんを「神」と呼ぶ親友が、病で余命いくばくもないと知った時、田辺さんはYAZAWA CLUBにメールを送った。親友は次のコンサートにはもう行けない。だから「オレがヤツの魂と一緒に武道館に行きます」と。すると、永ちゃんからメールが返ってきた。
「ガンバレ!! 病気に負けるな! 『負けない』て気持ち、大切だよね。コンサート待ってるから 矢沢永吉」
そのことを病床の親友に伝えたとき、意外にも親友の反応は薄かった。そして。
「神の言葉だから喜んでくれるはずだと思ったのに、あいつはそれほど喜んでいる様子でもなかった。そしたら、永ちゃんより敏の言葉のほうがうれしかったよ……って」(田辺さん)
ここで紹介した方たちだけでなく、本書に登場する矢沢ファンは、まるで打合せしたかのように、自分の人生での苦難に立ち向かうとき「永ちゃんならこう言うだろう」「永ちゃんの歌に背中を押された気がした」と口をそろえる。
ファンの数だけ、永ちゃんとのハート・トゥ・ハートなエピソードがあり、そこから見えてくるのは、歌や言葉を通じ、矢沢永吉という生命が発するメッセージだ。
ちゃんとやれよ、考える前に動き出せ、遠回りでも我をつらぬけ、一国一城の主たれ、大人になれ――お前は誰でもないお前になれよ。手本はオレが見せてやっただろう? 「歩」が「金」に成るように、不良の「不」から「王」に成りあがっちゃえよ。
それは、形や道は違えど「お前もYAZAWAになっちゃえよ」ということなのだ。
もし、今、道に迷い、苦しい思いをしているのならば、本書を読んでみてほしい。そして、矢沢永吉の音楽に触れてほしい。1億2000万通りの明日への道があることを、69歳のロックシンガーが教えてくれるだろう。それが、矢沢永吉だ。
文=水陶マコト
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