エキナカ大賞受賞の「ちどり亭」シリーズ・著者の新作は、北陸の仲見世通りが舞台の美坊主ラブコメ!

文芸・カルチャー

2018/12/15

『成巌寺せんねん食堂 おいしい料理と食えないお坊さん(メディアワークス文庫)』(十三湊/KADOKAWA)

 和歌山県・高野山の宿坊で精進料理をいただいたとき、「野菜ってこんなに甘いの!」「肉なしでこんなに満足感が得られるの!」と驚いたことがある。

 体によく、目にも楽しく、心も腹も満ちる滋味深い精進料理を提供する、300年以上続く老舗・せんねん食堂を実家にもつ千束(ちづか)。

 不本意にも東京の会社を退職せざるを得なくなった彼女が、せんねん食堂の店主である祖父が倒れて実家に戻るところからはじまる『成巌寺せんねん食堂 おいしい料理と食えないお坊さん(メディアワークス文庫)』(十三湊/KADOKAWA)。一見、仕事に疲れた女子を癒してくれるほっこり小説のようだが、地方特有の“地元”のわずらわしさと、歴史と伝統だけが鎮座する仲見世通りの衰退を、毒舌美坊主とのラブコメを通じて描きだす、ほっこりとは極致にある作品である。

 祖父が倒れたと聞いて北陸の実家に戻った千束(32歳・独身)。気の強さが災いして長年勤めた会社を退職することになった彼女にとって、実家に戻るにはいいタイミングなのだけど、口を開けば「結婚は」「女のくせに東京なんかに出るから」なんてのたまうオヤジやオバサンたちを受け入れられるはずもない。しょっぱなから描かれる千束の苛立ちは、女性の多くが「あるある~わかる~~~!」と首がもげるほどうなずいてしまうものだろう。

 しかも祖父が倒れたというのは口実で、千束に仲見世通りの家賃を上げようとする成巌寺の息子・隆道と交渉させるためだというからたちが悪い。女のくせにと言いながら、それくらいできるだろと自分たちには無理な難題を押しつけるこのダブルスタンダード。あるあるすぎてやっぱり首がもげてしまう。

 さらには、修行を終えて帰ってきたはずの弟の料理はいまいちだし、くだんの隆道は腐れ縁の幼なじみだし、その幼なじみは結婚予定の彼女がいるというし、仲見世通りの不況は想像以上で、祖父は引退すると言い出すし、千束が処理するには高負荷すぎる問題が山積み。次の仕事が見つかるまでのんびり、なんて悠長なことを言っていられず、千束は大好きなせんねん食堂と祖父の味を守るために奔走する。

 息もつかせぬその顛末だけでじゅうぶん楽しめるのだが、さらにこの作品の味わいをひきたてているのが、あいまに描写される精進料理と仏語だ。

「おかげさまで」「食堂」「愛嬌」など、ふだん我々があたりまえのように使っている言葉の数々はすべて仏教に由来する、なんて本作を読んで初めて知った。ちゃきちゃきの現代っこのようで、精進料理と仏道の精神がしみついている千束の、筋の通った生き方は難儀に思われるところもあれど読んでいて心地がいい。そして千束以上に難儀な性格の隆道は、これぞ十三湊作品のヒーロー。イケメンなのに意外なところで残念過ぎるというか執念深すぎるというか、王道のようで一筋縄ではいかないラブコメが楽しめる。

 まだまだ自己紹介代わりといった雰囲気の本作。ぜひともシリーズ化してほしい一作だ。

文=立花もも