誰とでも寝る女の子「セッちゃん」。理不尽な暴力が広がる世界で、彼女の予期せぬ運命は……!?

マンガ

公開日:2018/12/29

『セッちゃん』(大島智子/小学館)

 世の中には、猫みたいに気まぐれで、思うがままに生きているように見えるのに、とんでもなく不器用で、嘘がつけない人がいる。

 きっと彼らは、人をごまかしたり欺いたりする術を知らない。この世は美しいものばかりではないから、多少の小賢しさや抜け目のなさを持っていた方が生きやすいのだが、そういったことができるタイプでもないのだろう。

 人気イラストレーター・映像作家の大島智子氏による初の漫画作品『セッちゃん』(小学館)の主人公は、そんな柔らかな心を持つ女の子だった。

「セッちゃん」の「セ」は、「瀬川」の「せ」でもなく、「世都子」の「せ」でもなく、「セックス」の「セ」だ。彼女は、誰とでも寝てしまう。

 セッちゃんにとってセックスは「ごめん」や「ありがとう」が必要なくて、自身と同じく、汗が出て、よだれが出て、声の出る人間が「いる」と思える良いものだった。

 だからセッちゃんは、誰かに交際を迫られると、面倒になって逃げてしまう。

 ある日、セッちゃんは、「あっくん」こと影山 厚という同じ大学に通う男の子と出会う。彼は、彼女がいるものの、本当のところは、誰にも興味を持つことができなかった。

 あっくんは、高校生の頃、クラスメイトの死体を見つけてしまったことがある。部活も勉強も交友関係もそつなくこなすあっくんを唯一脅かしたその経験は、彼の生き方を変えてしまった。

「おれは大丈夫。おれはこっち側。友達と笑って、テストは20番以内キープして、彼女つくって、おれはそういうことができる。」

 その安心のために、あっくんは、明るくて強気で夢見がちなものの、なりたい指針が明確な、まみを彼女に選んだのだ。内心では、悪意のない計算高さが浅はかで、少女漫画にかぶれてるバカだと思ってはいたけれど。

 だが、そんな二人が暮らす世界は、理不尽な暴力であふれていた。彼らの暮らす東京は、学生運動が盛んで、爆破テロが次々と起こる。あっくんの友人が所属する団体「SHIFT」が、小型爆弾を使い、電車も爆破していく。大学は休校になり、スマホに爆破予告の緊急速報が流れる混沌とした世の中だった。

 あっくんは、「SHIFT」に対抗するデモに参加するまみに「こっち側」のぐらつきを感じ、次第についていけなくなる。セッちゃんも、これまで寝ていた男の子たちが、デモに参加し、論文を書きはじめ、急に生き方を変えたことに戸惑いを隠せなくなる。これまで交わることがなかった二人は、皮肉にも環境の変化で一緒に過ごすようになるのだが――!?

 読みはじめた時は、舞台となった街や大学が予測でき、セッちゃんの容姿や服装も可愛くて、叙情的でオシャレなマンガだなと感じた。だが、残りページ数が少なくなるにつれ、手が震えた。

 どうしても自分で何かを選ぶことができないセッちゃんの願望は、クラスメイトに殴られて歯が折れた妹に「差し歯」を買ってあげることだけだった。

 だが、深い人間関係を築くことができない彼女が、あっくんによって、変わっていく。あっくんも、多分に危うさをはらんでいた彼女によって、人間らしい表情を取り戻す。それは奇跡と呼んでもおかしくないほどの嬉しい変化だったのに……。

 読後、ただ呆然とすることしかできなかった。「わたしもう間違わないのかもしれない」と思ったセッちゃんの優しい顔が忘れられない。世の中は、いつだって残酷で、でもやっぱり温かい。センセーショナルだがとても繊細で、儚いのに、とても重いものを心に残すアンビバレントな物語だ。この幾多にも及ぶ感情の変化を、ぜひあなたも体験してみてほしい。

文=さゆ