ささやかな人生を懸命に生きた無器用な人たち――ほっこり、そして思わず涙する不思議で切ない物語

文芸・カルチャー

公開日:2018/12/29

『銀河食堂の夜』(さだまさし/幻冬舎)

 シンガーソングライターとして知名度の高い、さだまさし氏。普段はスポットライトを浴びることなんてない、しかしながらいかにも身近にいそうである、そんな人たちの人生に焦点を当て、しみじみとした味わい深さを感じさせてくれる曲が多い。昭和の代名詞ともいえる歌手であろう。

 さだまさし氏が書く歌詞はストーリー性が高く、後に小説化やドラマ化・映画化した曲もあるほどだ。氏はその才能を活かし、歌手としてだけでなく、作家としても活躍している。そこで本記事では、さだまさし氏が書いた小説、『銀河食堂の夜』(さだまさし/幻冬舎)を紹介したい。

 舞台は「銀河食堂」という居酒屋。四つ木銀座にできた謎めいたお店で、経歴不詳で品の良い、60歳くらいかと思われるマスターがひとり。決して無口ではなくおしゃべりというわけでもない、しかもちょうど飲みたいと思っているお酒をタイミングよく出してくれる、この居酒屋の名物的存在だ。

advertisement

 ここの常連は「吉田庵」というそば屋の5代目で商店会会長のテル、コンピュータ管理会社に勤めるブン、葛飾警察の警部であるヘロシの3人。彼らは小学校からの同級生で、この「銀河食堂」に集まり、お酒を飲んでは語り合っている。

 しかし、ここまではあくまで外枠である。作品のメインは、この「銀河食堂」でテルたちと同席した人物が彼らに語る、物語のほうだ。この小説は、6人の異なる登場人物が語り手となる、6つの短編が連なってできた、連作長編になっている。

 この作品の魅力のひとつは、それぞれの短編の導入部に現れる、語り手の語り口だ。6つの短編に共通の語り手で、読者を物語の世界へ引き込んでくれる。

四年前の春の終わり頃、葛飾は京成四ツ木駅にほど近い四つ木銀座の中ほどにそのお店が忽然と出現しましてから、あっという間にここいらの人々に馴染みまして、今やもう、この近在の商店主達の止まり木となりつつある「銀河食堂」のお噂でございます。
銀河食堂と名乗ってはおりますが食堂ではございませんで、それもまたなぜかスタンドバーなのに居酒屋、という不思議なお店でして。

 下町にある粋なマスターのいる居酒屋、そこに集まる地元の幼馴染たち、という設定だけでも、いかにもいい話が飛び出してきそうな雰囲気がする。それらの設定が、まるで咄家が観客に向けて話しているかのような、温かみがあってテンポのいいこの語り口で語られると、さらに人情味が加わって、一気に作品の世界観が形作られる。どんな話を聞けるのだろうと、こちらも耳を傾けたくなるのだ。

 もちろん、登場人物たちが語る話の内容も温かいものばかり。自分自身ではなく、自分が関わりを持った人の人生についての話で、人生のつらさや切なさ、優しさ、愛情、そういったものが詰まっている。

 長い人生の中では、どうしても避けられない不幸がやってくることがある。つらい時期を耐えなければいけないことがある。彼らの語りの中に登場する人たちも同様だ。しかし、彼らは劇的な転機を経て華やかなハッピーエンドを迎えるわけではない。つらくても、悲しくても、静かに、ひたむきに自分の人生を生きている。そんな、人生の小さな輝きを、この小説からは感じることができる。

 さらに、テルたちは「銀河食堂」で新たに人と出会い、その輪はどんどん広まっていく。人と関わりを持つことの良さを実感できるのも、居酒屋の良さであり、この作品の魅力でもあろう。そして最後の話では、ずっと謎だったマスターの過去が明らかになる。

 人生の奥深さや、人とつながることの温かさを感じることができるこの小説。泥臭く生きる人たちのストーリーや「銀河食堂」に集う仲間たちの話を読んでいくと、人間の温もりを思い出すことができる。どの話も心が少し和らいで、ほろっと涙してしまうような、あとから感動が染みわたってくる良さがあるのだ。さだまさし氏が描いたこの人情話は、昭和世代に限らず、淡白な人間関係ばかり築いてしまう人の心にも響くのではないだろうか。

文=かなづち