生活保護はデリヘルに勝てない――「身体を売る彼女たち」の事情

社会

公開日:2018/12/30

『「身体を売る彼女たち」の事情――自立と依存の性風俗』(坂爪真吾/筑摩書房)

 近年、JKビジネスやAV出演強要といった性産業における問題を解消すべく、行政の動きは加速化している。2017年3月には東京都で通称「JKビジネス規制条例」が制定された。2018年4月には内閣府男女共同参画局による「AV出演強要・『JKビジネス』等被害防止月間」が実施された。いずれも人気女性モデルをマスコットに起用し、若い女性たちに性産業の危険性を訴えかけている。

 ただし、こうした行政の方向性に坂爪真吾氏は懐疑的だ。坂爪氏は「風テラス」を立ち上げ、性産業に携わっている女性たちへの無料法律相談を行ってきた人物である。そして、行政の「規制」が、現場の実感からかけ離れている点を危惧している。性産業を「なんとなくヤバそう」と決めつけるだけでは、本当の問題点は見えてこない。坂爪氏の新著『「身体を売る彼女たち」の事情――自立と依存の性風俗』(筑摩書房)から、性産業について考えるべきテーマを正確に把握していこう。

 坂爪氏は規制をもってしてもJKビジネスは「消えていない」と断言する。規制によって確かに女子高生がリフレ店などのJKビジネスで働くことは難しくなった。しかし、今度は実年齢が18歳を超えた女性たちが女子高生の格好をして接客する「JK風ビジネス」が蔓延しただけだった。行政がいかにJKビジネスの危険性を宣伝しようが、身体と若さを売り物にする女性は後を絶たない。なぜなら、彼女たちはJKビジネスの危険性などとっくに理解したうえで、自分自身を「現金化」しようとしているからである。決して、無知ゆえに過ちを犯しているわけではないし、それはJKビジネスの構造を知らない大人が抱く勝手なイメージにすぎない。

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 坂爪氏は、JKビジネスはなくならないという前提に立ったうえで、彼女たちの悩みや心配を解消する施設「楽屋」を作った。楽屋は、東京の繁華街に借りた部屋であり、JKビジネスに従事する女性たちが休憩がてら、大人に話ができる仕組みが確立されている。坂爪氏は楽屋に女性が集まってくれるよう、実際にJKビジネスの現場で聞き込みを行い、彼女たちが「今すぐに欲しい」ものを楽屋に用意した。それは「法律相談窓口」でも「友人」でも「理解ある大人」でもない。

答えは「スマホを充電できる場所」だ。

 JKビジネスを行う以上、客や店との連絡が途切れると仕事にならない。しかし、都内では無料でスマホを充電できる場所が意外なほど少ないのだ。スマホの充電器がある楽屋には、現役でJKビジネスに身を投じている女性たちが集まってくる。こうした発想は行政からだと絶対に出なかっただろう。

 本書では、風俗の世界で働く女性たちにもスポットが当てられる。風俗嬢の中にはシングルマザーなどの事情を抱えた貧困家庭の女性も多い。どうして彼女たちは生活保護を受けたり、実家に救いを求めたりする前に風俗嬢となってしまうのか? 即日払いがあるうえ、生活保護と違って風俗なら身内に経済状況が知られる可能性も低いからだ。坂爪氏はあえて「生活保護はデリヘルに勝てない」という表現をしている。

 また、本書は「性産業は男性側が女性を一方的に搾取している世界」との一般的なイメージが、かえって問題を見えにくくしてしまっているとも指摘する。確かに、そうした事件が起きているのは事実だ。だが、多くの風俗店では男性スタッフが風俗嬢を労わり、優しい空間が形成されている。そう、性産業は「搾取」ではなく、「共助」だからこそ女性は居心地がよくなり、昼の仕事に戻れなくなってしまうのだ。

 坂爪氏はJKビジネスや風俗を全面的に否定するのではなく、「なくならないもの」として認識している。そして、そこで働く女性たちに「DV」「貧困」「障害」といった事情がある以上、我々の暮らす社会と地続きになっているともいえるのだ。性産業がいびつな構造になっていたとしても、無理やり正そうとすれば軋轢を生む。坂爪氏は「マシないびつさ」を模索しつつ、今日も多くの苦しむ女性たちの話に耳を傾けている。

文=石塚就一