結局、ロシアW杯とは何だったのか? 全試合を観戦したことで見えてきたもの

スポーツ・科学

公開日:2018/12/30

『ロシアW杯総論』(木村浩嗣/カンゼン)

 今年6月から7月にかけてロシアで開催された、サッカーW杯はさまざまな話題を振りまいてくれた。フランスの優勝や日本代表の健闘はもちろん、クロアチアやスウェーデンといった伏兵の躍進に胸が熱くなったサッカーファンも多いだろう。ふだんサッカーを観る習慣がない人でも、クリスティアーノ・ロナウドやネイマールといったスター選手のスーパープレーには唸らされたはずだ。

 ただ、それだけがロシアW杯の本質なのだろうか? メディアで報道されるのは、どうしても自国と強豪国、そしてスター選手の話題に偏りがちだ。しかし、当然ながらW杯とは32チームもの出場国が、64試合にもわたる激闘を繰り広げるドラマである。大会を振り返るには、全チームと全試合を分析しなくては正確性を欠くだろう。『ロシアW杯総論』(カンゼン)はスペインで指導者としての顔も持つ著者・木村浩嗣が、ロシアW杯全試合を観戦したレポートである。果たして著者の目には、今回のW杯はどのように映ったのか。

 著者によれば、W杯は2つのブロックに分けられるという。まず、第1ブロックとは32チームが4チームずつに振り分けられ、決勝トーナメント出場権を争うグループステージである。そして、番狂わせが起こりやすいのはこのブロックだ。事実、ロシアでも前回優勝国のドイツがここで敗退し、スペインもポルトガルもアルゼンチンも大会を去りかけた。著者は第1ブロックで起こったドラマに感動を隠さない。決勝トーナメントを見据えた強豪国に対し、国の威信をかけて意地を見せようとする伏兵たちが、予期せぬ結果をもたらすのだ。

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 一方、第2ブロックは決勝トーナメントに入ってからの16試合である。こちらのブロックでは、「勝つ」よりも「負けない」ことが優先される。だからこそ、慎重に戦うチームが増え、たとえば同点のまま延長戦に突入した場合は無理をせず、PK戦も辞さない戦い方を選択する。著者は、スペイン対ロシア戦、スウェーデン対スイス戦など膠着したゲームについて辛辣な意見を隠さない。ただし、こうした現実的な戦い方の究極形としてフランスが優勝しているのだから、慎重さは退屈であっても悪とは言い切れないのだ。

 だからこそ、著者は日本代表の戦い方には賛辞を贈る。特に、ベスト16でのベルギー戦は今大会で2番目の興奮度だったと評価している。(1番は本書で確かめてほしい)

今後、W杯で日本と言えばこの試合が思い出されるのだろうし、ポーランド戦で失った分をはるかにしのぐ日本ファンが今夜世界に誕生したのだろう。

 ベルギーは決勝トーナメント特有の慎重さに囚われてしまった。そこを日本代表の規律と運動量が上回り、勝利に手が届く寸前までベルギーを追い詰めた。著者は、本書で「イノセント」という言葉を連発している。プレーが素直で狡猾さがないことを揶揄している表現だが、ベルギー戦の日本はイノセントだったからこそ、強豪の脅威にもなれたのだとも論じる。

 メディアではあまり報道されなかったチームにも、冷静な評価を与えているのが面白い。たとえば、予選敗退したペルーのパスサッカーを「GS敗退済みで最終節を迎えるようなチームではない」と称賛。コスタリカのGKケイラー・ナバスへの過小評価を「シャツが売れずスポンサーを引き寄せないからだ」と叩き斬る。スポーツとは本来、プレーが選手の価値を決める唯一の尺度だったはず。有名チームのスター選手ばかり取り上げたがるメディアへの警鐘を、著者は忘れていない。

 ロングスローの大流行と、選手のシミュレーション(ファウルを受けたと演技すること)問題、そしてVAR(ビデオによる審判補助)導入の影響など、ロシアW杯ならではのトピックにも触れている。強豪国をただ持ち上げるわけではなく、すべてのチームに平等な目線を送る著者の文章は、ロシアW杯の本質を的確に伝えている。

文=石塚就一