「オタク」にとって平成のスタートは宮崎勤事件。30年間でオタクの地位は変わったのか!?

文芸・カルチャー

2018/12/22

『平成オタク30年史』(新紀元社)

 平成という時代、人によってその捉えかたは異なるだろう。例えば「東日本大震災」や異常気象による大規模な水害など「大災害の時代」とみる向きもあろうし、インターネットの普及など「ITの時代」と捉える向きもあるだろう。そして我々「オタク」な人々からすれば、平成とは「オタクが世間に普及した時代」といえそうだ。『平成オタク30年史』(新紀元社)では、そんなオタクたちの「平成の歩み」を1年ごとにトピックスを交えて紹介しながら追っている。

 では実際、オタクたちにとって「平成」とはどんな時代だったのか。本書巻頭では「よっぴー」の愛称で知られるニッポン放送のアナウンサー・吉田尚記氏とお笑い芸人・サンキュータツオ氏の対談を掲載。そこでオタクの「平成30年」がザックリと語られるのだが、やはり最初のトピックとしては「宮崎勤事件」が挙げられている。平成元年に起こった「東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件」である。4人の幼女を誘拐、殺害した犯人・宮崎勤が多くのアニメや猟奇的な作品のビデオを所持していたことから、オタクへの風当たりが一気に強くなった。オタクにとって平成は、まさに「逆風」からのスタートだったのである。

 そんな底辺から這い上がる契機となったのは、やはり『新世紀エヴァンゲリオン』(以下『エヴァ』)の存在が大きいだろう。なぜなら、この作品がアニメファンだけでなく一般人をも虜にしてくれたおかげで、アニメが「オタクの楽しむもの」というイメージを払拭できたからである。現在では一般企業とアニメ作品のタイアップは珍しくないが、その流れもやはり『エヴァ』あってのものであり、主題歌「残酷な天使のテーゼ」はいまだにカラオケで人気のナンバー上位に入る。クリエイターや声優などにも注目が集まり、まさしく現在のアニメシーンの原型がそこにはあったのだ。

 つまり「オタクの30年」とは「オタクが一般化していく歩み」ともいえそうだが、そういう意味では「アイドル」の存在も見逃せない。かつては「アイドル好き」だからといって「オタク」だと考える流れは少なかった。それこそ1980年代のアイドルブームは、一般人をも巻き込んだ社会現象だったのだ。オタク側からしても「憧れの理想像」と「歌謡曲」のハイブリッドであるアイドルには、ハードルの高さを感じていたかもしれない。しかし2005年に誕生した「AKB48」によって、その流れはガラリと変わる。本書でも大きく扱うトピックだが「会いにいけるアイドル」を標榜するこのグループは、アイドルを分かりやすく身近にした。そのため多くのオタクたちを取り込むことに成功したのである。一般人とオタクが入り混じって発展していくスタイルは、これ以降も「2.5次元」と呼ばれる舞台などのコンテンツでも見られる。

 ではどのようにしてオタクと一般人が混じりあっていったのか。それは平成になって普及した「インターネット」の存在が非常に大きい。昭和の時代に「同人」や「ファンジン」とも呼ばれたオタク趣味の人間は、嗜好を同じくする「同志」を見つけるのも一苦労であった。しかしインターネットの普及は、多くの「同志」を自宅に居ながら繋げることを可能としたのである。そしてネット上のコミュニティには、一般人もオタクも区別はない。誰もが好きなコンテンツについて、誰とでも語りあえる時代となったのだ。

 しかし本書巻頭の対談で指摘されているように、オタク趣味が「コミュニケーションツール」として消費されていることもまた事実である。普遍化の代償として「オタク」そのものが溶けて消え去ろうとしているのかもしれない。とはいえ、オタク自体の在りようは不変である。好きなものをとことん突き詰めていく、ただそれだけなのだ。「時代が変わった」と嘆くよりも、むしろ「新時代のオタクを目指す」くらいの気概を持ったほうが、それこそ「オタク」らしいのではないか。

文=木谷誠