女子高生が飛び降り自殺、そして現場の動画が拡散―『その日、朱音は空を飛んだ』

文芸・カルチャー

公開日:2018/12/30

『その日、朱音は空を飛んだ』
(武田綾乃/幻冬舎)

スクールカーストなどという言葉があるけれど、二人以上の人間が集まれば必ずそこに上下関係は生まれる

 おそらく学生時代、自分が教室内でどのポジションに属しているか、まったく考えたことのない人はほとんどいないだろう。そして、スクールカーストのどこに属しているかで、校内で起こる出来事の捉え方はまったく変わってくる。ある生徒にとっては楽しい思い出も、他の生徒からすれば辛くて忘れたい時間に過ぎないのだ。

『その日、朱音は空を飛んだ』(武田綾乃/幻冬舎)は1人の女子高校生の死をきっかけに、校内の人間関係が暴かれていく小説である。全7章でそれぞれ視点人物は変わり、立場が違う生徒の本音が浮き彫りになっていく。そして、平和な学校生活を送るため、生徒たちが共有した「秘密」の大きさに読者は戦慄させられるのだ。

 物語の発端は、3年生の川崎朱音が校舎の屋上から飛び降りたことだった。事件は自殺として片づけられ、学校は彼女の死因を調べ始める。そして、朱音がいじめられていた可能性を追及しようとした。だが、学校で配られたアンケートの反応は芳しくなかった。美人で誰にでも優しかった朱音に、驚くほど生徒たちは関心がなかったのだ。

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 そんな校内で、1本の動画が噂になる。なんと、朱音が死ぬ瞬間が撮影されていたのだ。投稿者不明の動画はまたたく間に拡散されていく。動画には数々の不審点が含まれていた。朱音の死に立ち会った高野純佳はなぜ屋上にいたのか? なぜ屋上の鍵は開いていたのか? 誰が撮影を行ったのか? そして何より、朱音は本当に自殺だったのか? 物語が進むにつれ、これらの謎が読者に明かされていく。本書はミステリ小説としても楽しめる内容といえるだろう。

 しかし、それ以上に高校生たちの心理描写が圧巻だ。朱音が死んだ後の学校生活が、視点人物を入れ替えて語られることで、読者の抱く印象はめまぐるしく変わっていく。たとえば、見た目が派手でクラス内の発言力がある細江愛は、自分に向けられてくる陰口にうんざりしていた。直接自分に文句を言ってくるわけではなく、ただ聞こえよがしに「男好き」「女子から嫌われている」と囁かれるのだ。だが、陰口を言っている側の立場からすれば、目立つ女子を悪く言うことでかろうじてプライドを保っているに過ぎない。両者の思いは決して交わらず、深い溝がある。それこそが、スクールカーストの悲劇である。

 一方、ごくまれにカーストなど関係なく、どんな立場とも分け隔てなく接する生徒がいる。死んだ朱音、目撃者となった純佳、そして第一発見者の夏川莉苑だ。朱音は修学旅行でカースト下位の生徒とも仲良くしていた。純佳は事件に無関心な生徒ばかりの中、ショックによる不登校を続けている。莉苑は愛にいじめられていたと噂の朱音ともずっと友人関係にあった。

 しかし、彼女たちの真意はそう単純ではない。そして、読者が勝手に抱いてしまう彼女たち「いい子」への幻想こそ、学校生活がはらんでいる問題なのだ。生徒たちの人間関係とは、日常を平和にやり過ごすための知恵である。実際には、誰もが学校内で居場所をなくしてしまわないか、怯えている。共通の敵を見つけて陰口を言い合うのも、すべての生徒に優しく接するのも、根本には同じ処世術が働いている。

 本書を読むなら、たった3ページのエピローグも読み飛ばしてはいけない。物語のすべてがひっくり返るような真相が語られているからだ。そして、ここでいう真相とは、犯人やトリックが判明するミステリ的なオチではない。10代の心を絶対にみくびってはならないという警告である。もしも、あなたが10代の学生なら本作のラストに胸のすくような思いを抱くだろう。そして、それは大人の読者もかつては持て余していた、青春に巣食う「残酷さ」なのだ。

文=石塚就一