昭和の非合法売春地帯をめぐる旅。ディープでアンダーグラウンドな青線を行く

社会

公開日:2018/12/27

『青線 売春の記憶を刻む旅』(八木澤高明/集英社)

 赤線、青線と聞いてピンとくる人は、現在ではあまり多くないかもしれない。赤線とは、終戦直後から売春防止法が施行されて1958年まで、所轄の警察が、売春をなかば許容・黙認していた地域のことである。風俗営業を認めている地域を警察内部で地図上に赤線で囲んで把握していたことから、この名称がついた。

 いっぽう青線とは、完全に非合法で売春が行われていた地域の俗称である。青線地帯では、普通の飲食店や旅館として営業しながら、別室でひっそりと女性が体を売っていた。赤線と同じように、警察が非合法売春地域を地図上に青線で囲んでいたことから、この名称がついたともいわれるが、新聞記者の造語であるともいう。

 赤線は、その存在をリアルタイムには知らない世代でも、吉行淳之介の小説の愛読者や、古い映画のファンで『洲崎パラダイス赤信号』(川島雄三監督)や『赤線地帯』(溝口健二監督)といった作品を観たことのある人にとっては、まだしもなじみがある世界だろう。だが青線ともなると、アンダーグラウンドすぎて、文芸作品の題材にもなりにくい。そんな、“非合法売春地帯=青線”の歴史と、そして現在の姿を追ったノンフィクションが、『青線 売春の記憶を刻む旅』(八木澤高明/集英社)だ。

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■東京にもあちこちにあった“青線”地帯とは?

 著者が取材のために10年以上かけてめぐった青線地帯は、北は北海道から、南は沖縄まで日本中の広範囲に及ぶ。山形の神町(じんまち)、長野の佐久、群馬の伊勢崎、横浜の黄金町(こがねちょう)、京都の五条楽園(ごじょうらくえん)、大阪の飛田新地(とびたしんち)、兵庫の丹波篠山(たんばささやま)…と、日本全国に青線は存在していたのだ。そのなかには、もはやさびれ、痕跡すら残っていない場所もあるが、いまも非合法売春がさかんに行われている土地もあるという。

 もちろん、東京にも青線はあった。一時期の衰退から復活し、近年は若者や外国人観光客で連日にぎわう新宿のゴールデン街も、もともとは青線のメッカだったのである。それ以外にも、荒川区の尾久、渋谷の円山町、さらに大森、町田、福生などにも青線はあった。いまでは高層マンションが立ち並ぶような一帯でも、非合法売春が行われていたのだ。

■非合法売春の歴史は社会と密接な結びつきをもっている

 さらに本書では、戦後昭和の青線地帯だけでなく、江戸時代から続く非合法売春の歴史についても触れている。江戸時代、神田川沿いの柳原土手では昼間から比丘尼(びくに)のかっこうをした私娼が体を売っていたという。今の世でいわば、元祖コスプレ風俗とでもいうべきか。

 売春が、後ろ暗い仕事であることはたしかだ。その後ろ暗さが「悪所」としての魅力につながっているのだから、オープンになるのが即ちいいこととは思わない。だが同時に、そういった「悪所」を社会から消滅させるのがいいことでもないだろう。本書のなかで取材対象者のひとりが語る、「世の中、きれいなところばっかじゃ面白くないじゃろう。息苦しい世の中になってしまうぞ、裏も表も必要だと思うけどな」という言葉は至言だ。

文=奈落一騎/バーネット

■本書の著者インタビューは【こちら】