「自己責任」とは何なのか?―拘束された安田純平さんが過ごした40か月

社会

2019/1/8

『シリア拘束 安田純平の40か月』(安田純平:著、ハーバー・ビジネス・オンライン:編集/扶桑社)

 10月23日深夜、40か月もの間シリアで拘束されていたジャーナリストの安田純平さんが、解放されたと報道された。2015年5月に日本を出国し、その1か月後にはTwitterの更新が途絶えたことから、武装勢力によって長期間拘束されていると見られていた。

 しかし無事帰国をした彼を待ち受けていたのは「自己責任」「テロ組織に資金が渡っただけ」などといった、多くの人たちからのバッシングだった。その一方でダルビッシュ有投手や本田圭佑選手などのアスリートや、メディアは左右とも擁護にまわった。

『シリア拘束 安田純平の40か月』(安田純平:著、ハーバー・ビジネス・オンライン:編集/扶桑社)は、安田さんが帰国後に日本記者クラブと日本外国特派員協会でおこなった会見と、彼へのインタビューをまとめたものだ。スパイ容疑をかけられたことから狭いスペースに押し込まれ、体を少し動かすだけでも脅され続けたことなど、会見で話した全文が掲載されている。

 この本からわかることは、安田さんが「紛争地に行く以上は、当然自己責任である」から、自分の身に起きたことは「自業自得」と認めているということ。しかし邦人が拘束された場合に行政が何をするかはそれとは全く別物で、

本人がどういう人物であるかによって行政の対応が変わるとなると、これは民主主義国家として重大な問題であると思います。

 と考えていることだ。

 日本のパスポートには「本旅券の所持人を通路支障なく旅行させ、かつ、同人に必要な保護扶助を与えられるよう、関係の諸官に要請する」とある。この文言は一律に付与されるもので、思想や信条、旅の目的で変わるものではない。安田さんは自分の行動を「自己責任」と認めているが、政府は「この人は勝手に行ったのだから」「思想や性格に問題があるから」と、対応を変えるべきものではないのだ。

 一方で安田さんは、「邦人保護は必ずおこなう」「身代金を払うことは絶対にしない」という日本政府の2つの大原則のもと、できることを模索し続けてきた外務省に感謝も述べている。だから彼は政府が身代金を支払っての救出を期待していたわけではなく、妻にも「何かあった場合は放置しろ」と言い聞かせていた。組織から妻へのメッセージを書かされた際にも、「(身代金を)払っちゃあかん」という意味のメッセージを送っていた。解放直後、トルコのイスタンブールに向かう機内でNHKの取材に対し「望む形の解放ではない」と言ったのは、もし日本政府が身代金を払っていたらそれは自分も望んでいなかったし、政府にとっても不本意なことだからという意味だったと告白している。

 つまり安田さんは強く解放を望みながらも、自分の責任を認めていた。そして政府に身代金を支払えとも言っていなかった。そんな彼を「プロ人質」と揶揄する声もあるが、人質になったのは今回が初めてだそうだ(2004年に彼をイラクで拘束したのは地元の自警団で、スパイ容疑が晴れて3日で解放されている)。また「カタールが身代金を支払い、それがテロ資金になった」という説も飛び交ったが、これはロンドンに本拠地を置く「シリア人権監視団」の発表に過ぎず、真偽は明らかになっていない。つまり安田さんは事実かどうかわからない胡乱な情報によって、バッシングされることになったのだ。もちろん本人が知らないこと、知っていても今は言えないこともあるだろう。しかし彼はこの本で、自分が言えることは十分過ぎるほど答えている。

 戦場から報道することは「使命」といったおこがましいものではなく、自分自身が知りたいことや疑問に思っていることを現地で取材して、それを人々に伝えていきたいと安田さんは言う。そして日本が直接的に紛争に関わっていなくても、難民が出てくるなどの影響があるのだから、紛争を現地に見に行くジャーナリストは絶対的に必要だとも主張する。

 安田さんを拘束していた集団の名前は定かではないものの、シリアには人身売買のマーケットがあり、そこで買った人を人質として、身代金を要求する組織であったことがうかがえる。このような組織が存在していることを自身の言葉で伝えたことからも、彼がシリアに行った意味はあるのではないか。日本にいては見えないことを伝えてくれるジャーナリストの渡航は、確かに「自己責任」かもしれない。しかし彼らの命や行動は、決して本人だけのものではない。彼らの目は、それを直接見ることができない多くの人の目でもあるのだ。

文=碓氷連太郎