KGBは実は“秘密警察”ではない!? 今はもうない不思議な超大国「ソ連邦」

社会

2019/1/8

『いまさらですがソ連邦』(速水螺旋人、津久田重吾/三才ブックス)

 日本としてはまったくの偶然であるが、今年で終わる平成の元年(1989年)にドイツを東西に分けていたベルリンの壁が崩壊し、2年後には東側の盟主であるソビエト連邦が解体されて、東西冷戦は終結を迎えた。その東西ドイツの統一を描いた、『グッバイ、レーニン!』という映画がある。主人公の母親が病気で昏睡中にベルリンの壁が崩壊したことから、目覚めた母親にショックを与えまいと、主人公が兄弟や友人知人、恋人にも協力してもらって奮闘する秀作だ。東ドイツの人々が西ドイツになだれ込む映像を、主人公が西ドイツから東ドイツへと人々が新天地を求めて殺到しているように加工したビデオを生放送のニュースとして母親に見せるシーンなどは、四六時中途切れることなくテレビ放送している現在の日本に住む私たちと、当時を知る旧東ドイツにいた人とでは、おそらく捉え方が違うだろう。

 表題にもなっているレーニンはソビエト連邦を作った人物で、作中では銅像が象徴的に扱われていたものの、劇場で観た頃にはよく分からず、同作をDVDで観る機会があったため、まさに今さらながら『いまさらですがソ連邦』(速水螺旋人、津久田重吾/三才ブックス)を手にしてみた。

 ソ連は選挙に基づく政権交代ではなく、革命によって旧来の国家体制をひっくり返すことで成立した。その中心人物がレーニンであり、共産党一党独裁の指導者は「書記長」や「首相」といった肩書で呼ばれるのが普通なのに対して、レーニンだけは「偉大な革命家」とか「建国の父」といった二つ名で呼ばれていたそうだ。レーニン自身は革命政府や治安機関を作りはしたけれど、それらは一時的なもので将来は解体されるものと思っていたらしい。自分が神格化されることも望んでいなかったのに遺体は永久保存され、「レーニン廟」に安置されることになったという。ちなみに、レーニン廟の裏手の墓所には日本共産党の創始者である片山潜も葬られているのだとか。

 ソ連が成立する以前から共産主義が西欧諸国から敵視されていたのは、「世界革命」という思想が一国の問題にとどまらず全世界に広がっていくことを恐れたため。しかし第一次世界大戦後に起きたヨーロッパ各国の革命は失敗し、世界革命論をソ連共産党は放棄したものの、今度は第二次世界大戦後にナチスから解放されたヨーロッパにレーニンの後継者となったスターリンの部下たちがやってきた。しかも、「秘密警察と物資不足と言論統制の三点セット」でとのことで、本書では東側諸国について「ソ連に振り回された」友だちというよりは、「部下か奴隷かもしれません」などと評している。

 ソ連の秘密警察というと「KGB」を連想する人もいると思うが、KGBを秘密警察と呼ぶのは誤りで、正式には「国家保安委員会」の略だそうだ。アメリカの情報機関がスパイ活動を行なうCIAやNSA、そしてスパイの摘発をするFBIなどと組織ごとに分かれているのに対して、KGBはそれらを兼ね備えたうえ、要人警護のシークレット・サービスや対テロ特殊部隊といった多様な人員を抱える巨大な組織だったという。そんな組織を持つソ連は、全メディアを総動員したプロパガンダにより工業や農業の成果をこれでもかと喧伝する一方で、生真面目な国民性ゆえか「まずいことは発表しなければいいのだ」と居直って、統計データや各種文書を廃棄することなくきちんと保存していたというのには感心する。

 ソ連を継承したロシアはネットスラングで「おそロシア」と云われているように、昨今でも英国においてロシア軍情報部門の元大佐と長女の暗殺未遂疑惑が報じられている。憲法改正を巡って日本の政権与党と野党が国会において激論を交わしているけれど、一国民の身としては平和ボケせずに、暗殺も是とする国と渡り合える国政議員がいることを望みたいところだ。また本書は、二度にわたる世界大戦当時の艦船に航空機や戦車といったコンテンツを娯楽として愉しみたいという人にも必携の一冊になるだろう。平和をもたらすのは、戦争に反対する闘争という矛盾ではなく、純然たる人殺しの兵器を本来の目的から外れた娯楽として消費することにあるのではないかと、資本主義陣営の一員として思う。

文=清水銀嶺