知られざる給食の歴史

社会

2019/1/14

『給食の歴史』(藤原辰史/岩波書店)

 給食と言えば、世代ごとに献立の思い出があるはずだ。揚げパン、ハンバーグ、カレー、大学芋、ミルメークにフルーツポンチ、冷凍ミカン。最近ではナンとかムサカとか国際色豊かなメニューも加わって、献立表を眺めているだけでも楽しい。もとい、どんな料理か分からないこともしばしばだ。

 自分の個人的な体験における給食のトピックは、何と言っても米飯給食のスタートだ。それまでパンやソフト麺だけだった給食の献立に米飯が加わったのは結構な驚きだった。パンよりもご飯が好きで、食べ残した食パンがカチカチになるまで机の中に放置していた小学生の自分としては、米飯給食大大歓迎でもあった(ちなみに揚げパンも苦手で同級生にあげていた……)。同時に、給食に米飯が導入されることで、今までの主食がパンやソフト麺だけだったことが改めて疑問として浮上してきたのも覚えている。「どうして今までご飯がなかったんだろう?」と。思えば給食七不思議とも言える事柄は多い。「何でご飯にお茶じゃなくて牛乳?」「先割れスプーンってどこから来たの」「先生も一緒に食べるのはどうしてだろう?」とか。

 本書『給食の歴史』(藤原辰史/岩波書店)をひもとくと、お世話になってきた給食の謎が一つ一つ解き明かされていく。貧しい子供にも就学の機会を与えるために始まった近代の給食の発祥から、関東大震災の被災者対策としての給食、さらには戦時下の体位向上を目的とした給食を経て、敗戦後の占領期、GHQによる治安維持とアメリカの余剰生産物消費を背負わされた給食。なるほど、教師と生徒が一緒に給食を食べるのは、敗戦後、文部省(現在は文部科学省)の管轄で始まった教育制度の一環であることと関連があり、米飯給食が遅まきながら始まるまでには、アメリカとの交渉にこれだけ時間がかかったのかと腑に落ちる。

 貧困や災害からの救済であり、政治や軍事と切り離せない大文字の給食の歴史を振り返りながら、その制度史の節々には市井の人々の抵抗や運動があったことを本書は指摘している。高度成長期の日本にあっても、僻地では半数も弁当を持って来られない「欠食児童」がいることを明らかにし、完全給食を実現に導いた新聞記者、給食合理化に立ち向かい、センター反対運動を起こした東京都の教師、先割れスプーンとランチ皿が娘の「犬食い」の原因だと気づき、市議会に請願を出したクリーニング店主。政治的思惑や商業上の要請に翻弄される制度としての給食を、より良い方向へ軌道修正して行くべく声を上げた人々がいたという事実は力強く、頼もしい。

「給食とは何ですか」と問われた大阪府の栄養士Dさんは、「笑顔です」と即答したという。行政改革期には、アメリカのレーガノミクス、イギリスのサッチャー政権の新自由主義に歩みを同じくするように、日本でも給食の合理化・民営化が推し進められようとした。さらに、「もはや給食の役割は終わったのでは」と、給食制度の必要性すら疑問視された。それらと闘った人々や新自由主義以降の「子供の貧困」と給食の関係については、本書を読んでみてほしい。思い出の献立に新たな感慨が付け加わるはずだ。

文=ガンガーラ田津美