読む者の心を優しくするファンタジックで柔らかな恋の物語

小説・エッセイ

2012/4/10

そのときは彼によろしく

ハード : PC/iPhone/iPad 発売元 : 小学館
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:電子文庫パブリ
著者名:市川拓司 価格:702円

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物語は、主人公・智史(アクアショップを経営する29歳)が結婚相談所で知り合った女性・美咲に「昔話」をすることから始まる。それは中学生のころの話。智史の親友である祐司と花梨との話。その話をするたびに、美咲と智史の距離は少しずつ縮まっていく。今は会えないけれど、今でも変わらず大親友で、そしてファーストキスの相手である花梨が智史と美咲の仲を取り持ってくれる…。そのはずだった。

『いま、会いにゆきます』、『恋愛寫眞』の市川拓司が描く恋愛模様。前2作と同様に映画化もされている。『いま、会いにゆきます』も、不思議でピュアで悲しくて優しい物語だったが、この作品はそれ以上に優しい物語だ。

何の因果か、智史は花梨に再会してしまう。
読んでいる最中、花梨に再会した智史を見て、「ああ、再会して『しまった』」と思った。だって、彼にとって花梨は一番の女性であり、彼女を越える女性はいないのだから。15年間、会わなくったって、彼の気持ちは全く色あせていない。変わらず、彼女だけを愛していた。どんなに美咲が素晴らしい人だったとしても叶うはずはないのだ。

そして決まって、一番愛している人との恋は苦しい。でも、求めてしまう。それだけ愛している女性だったはずなのに、智史はピュアで優しい。がっつかない。流行りの草食男子? いや、違う。智史はそんなふうにしかできないのだ。花梨と一緒にいることだけで満足してしまっているのだ。そんな彼は、最後に少しだけ我儘を言う。しかし、その我儘さえも優しい。こんな男性が実際にいたら、どんなに素敵だろう? でも、ありえない。この物語はファンタジー的要素が含まれているけれど、智史のような男性がいること自体、ファンタジーなのだ。

望まぬ形で智史と花梨は祐司とも再会する。仲が良かった3人組の復活…は思うようにいかない。真実だけとらえれば、それはあまり幸せな結末とは言えないかもしれない。しかし、淡々と進んで行く物語の中でわずかに、幸福が滲み出す。

幸せな形は人それぞれだ。その当たり前のことに気づかされる。
そして、もうひとつのことに気づかされる。
人を愛することはとても素晴らしいことなのだと。


智史が経営するアクアリウムショップのエプロンに描かれた犬。実はこれも昔話に関係している

時折出てくる詩的表現が作品の柔らかさを増す

「クラシカルで正統的なマザコン少年」と智史を評する花梨。この言い方も粋だと思う