映写技師と記憶喪失の男が活躍! 映画愛にあふれるマンガ『明日、シネマかすみ座で』

マンガ

公開日:2019/1/26

 名画座に行ったことはあるだろうか。名画座とは主に旧作映画を主体に上映する映画館のことだ。近頃ではその数を減らしているため、存在を知らない方も多いのではないだろうか。名画座というと敷居が高そうな印象があるが、定番作品や子ども向けアニメ作品で特集を組んだり、オールナイトイベントを企画したり、画一的なシネコンと違いそれぞれの映画館で個性ある上映をしている。覗いてみればとても人間味を感じる場所なのだ。

『明日、シネマかすみ座で』(本郷地下/KADOKAWA)

『明日、シネマかすみ座で』(本郷地下/KADOKAWA)は、そんな名画座を舞台に繰り広げられる物語だ。物語の中心となるのは、口が悪くぶっきらぼうだが腕の良い映写技師である“トーワ”。雨の日にかすみ座の前で行き倒れていた記憶喪失の男“もぎり”。トーワは映写には並々ならない情熱を持っているが作品には興味が薄い。一方のもぎりはキーワードを言えば即座に作品をレコメンドしてくれるようなスパコンばりの極度のシネフィルだ。一見凸凹コンビのようだが、それぞれ観点は違えど映画を愛しているという点で一致している。

 第1話の冒頭、トーワによってクリスマス映画の代名詞のあの作品のワンシーンが再現される。

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「なんの金だ?」
「ピザの代金です」
「…今から10数える! それまでにてめえの汚ねえケツひっさげてうせろ!」

 このシーンを読んだ瞬間、筆者の心はかすみ座の世界へ惹きこまれた。クリスマスに独りぼっちで過ごすことになってしまった少年が、暴力ビデオを流してピザ屋の配達員をまんまと追い返すシーン。幼い頃、大好きで何度も観た映画『ホーム・アローン』である。本作はこんな風になにげなく、映画のエピソードが物語の中に散りばめられている。

 シーンは変わって、霞町の銭湯かすみ湯が廃業を考えていると聴いたトーワは、いてもたってもいられず、かすみ湯のおやじさんの元へ押し掛ける。「もう銭湯なんてなくても誰も困らない」そう言うおやじさんに野外上映会の提案をするトーワ。トーワはもぎりに「再起」「協力」「成功」のキーワードで作品を選ばせる。上映会当日、かすみ湯にはたくさんの人々が集まる。進んで手伝いを買って出る人や、トラブルに見舞われながらも野外上映会を必死に成功させようとするトーワの姿を見たおやじさんは少しずつ心を動かされはじめる。

 もぎりが選んだ作品は『タンポポ』。流行らないラーメン屋を立て直すために修行するコメディで、人が人を連れてきて美味しいラーメンを作るお手伝いをしてくれるというストーリーだ。もぎりはその様子をかすみ湯と重ね「ここにいる人たちもきっと おやじさんのいままでが連れてきたんだね」そうおやじさんに話しかける。もぎりはストーリーを続けて説明する。この映画は劇中なんの関係もない人物のエピソードが突然挟み込まれる。まず映画は一人の男がこんなことを言って始まる。“人は死ぬ時自分の人生を映画のように振り返る”。そして物語の終盤、男は死の間際“最後の映画が始まるんだ”と言うのだと。

「おやじさんの観る映画はどんなだろうね」

 後日、おやじさんはかすみ湯を続けることを決めたようだ。

『ホーム・アローン』ではじまった第1話が、伊丹十三(いたみじゅうぞう)の『タンポポ』で幕を閉じる。物語に自然に溶け込む映画の幅広さと飾らなさが本作の魅力であるように思う。他のエピソードでは『仄暗い水の底から』『スタンド・バイ・ミー』『オズの魔法使』などの作品が登場する。本作は、映画の力によって事件や問題をそのものズバリ解決していくという作品ではない。先の銭湯のおやじさんや幼馴染に恋する友人、祖母の想い出の場所を探しに来た迷子の少女など、かすみ座をとりまく人々の心の琴線に触れ、喜んだり悲しんだり、映画と共に生きる人々の物語なのだ。

 次巻以降ではトーワがかすみ座を継いだ理由やもぎりの記憶など、より人物に踏み込んだ展開になりそうで、どんな映画作品と共にそれが明かされていくのか今から楽しみである。

文=ひじりこ