あの因縁がついに明らかに…!? 八咫烏シリーズファン待望、かつ最初に読むにも最適な短編『ふゆのことら』

文芸・カルチャー

更新日:2019/2/7

ふゆのことら
『ふゆのことら』(阿部智里/文藝春秋)

 ラスト1行を読んで思わず笑ってしまった『ふゆのことら』(阿部智里/文藝春秋)。累計100万部を突破した「八咫烏シリーズ」の、現在は電子のみで配信されている外伝最新作だが、シリーズ4巻目『空棺の烏』に連なるこの作品こそ、ファンが待ち望んでいたものではないだろうか。同時に、本作が気になってはいるけれど長大ゆえに躊躇している、という未読の方に、まずはぜひとも読んでほしい1作でもある。

「どの巻から読んでも単体の物語として楽しめるように書いていた」と著者本人が語っていたとおり、本シリーズは基本的に、第1部完結巻となる6作目を除いて、どの巻から入ってもなじみやすい構成となっている。とりわけ『空棺の烏』は、異世界を舞台に展開するシリーズでありながら唯一、学園青春小説のタッチで展開しており、キャラクター性も強い。その冒頭で登場するのが、市柳(いちりゅう)――『ふゆのことら』の語り手となる少年だ。

 ファンにはよけいな説明だろうが、本シリーズは、山神によって創られた〈山内(やまうち)〉と呼ばれる異界に生きる八咫烏一族をめぐる物語。世界を統治する宗家を守るのは山内衆と呼ばれる上級武官の役目なのだが、これを養成するのが勁草院。いうなればエリート予備軍の訓練所に身を置く市柳が、『空棺の烏』の冒頭で顔を見るだけで絶叫した相手が、同郷でひとつ年下の後輩・雪哉である。〈その声に喚起されて、忘れたくても忘れようのない記憶が蘇った〉〈容赦なく打ち据えられた痛みと、降りかかる罵倒の数々〉〈市柳の悪夢が顔を覗かせた〉。いったい何があったんだと読者の好奇心を駆り立てたその過去が、『ふゆのことら』にて明かされる。

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 知ってからふたたび『空棺の烏』を読むと、市柳には申し訳ないがなおさら笑ってしまう。そして同時に、切なくなる。

 巻を追うごとに存在感を増し、物語の中心的存在となっていった雪哉。出自ゆえに複雑な立場に置かれた彼が、幼い頃からどんな立場で生きてきたのか――その片鱗に触れられるのも『ふゆのことら』の読みどころ。同じ貴族でありながら、苦労知らず、世間知らずに育った市柳の屈託のなさと比較すればなおさら、雪哉の苦悩は重く響く。それでも市柳をはじめとする勁草院の仲間たちと切磋琢磨しあいながら、どうにか自分の居場所をつくりあげた雪哉が『空棺の烏』ラストで直面するむごい現実。そのすべてがひと繋ぎになっていて、本シリーズの壮大さに改めて圧倒されてしまうのである。

 ちなみに『ふゆのことら』→『空棺の烏』を起点とするのは、男子校ルートである。女子校もののほうが好みという方は、『あきのあやぎぬ』(電子版のみの外伝)→1巻『烏に単は似合わない』ルートから入ってみてほしい。この2作は直接リンクしていないが、どちらも当主の寵愛を受けた女性たちの物語。宗家の后を決める『烏に~』の緊迫感に対し、『あきのあやぎぬ』は「19人目の側室となるため18人の承認を得られるか!?」といういささか突飛な展開で、緊迫感のなかにもユーモアがあるので、気軽な気持ちでシリーズを知るには最適の1作だ。

文=立花もも