何をやってもダメな男が、社内問題を“文章”で解決! お仕事小説『会社を綴る人』

文芸・カルチャー

2019/2/11

『会社を綴る人』(朱野帰子/双葉社)

『わたし、定時で帰ります』や『対岸の家事』など話題作を手掛けてきた作家・朱野帰子さんの最新作『会社を綴る人』(双葉社)は、スーパーヒーローが活躍する話でも社会に潜む巨悪に団結して立ち向かうストーリーでもない。なにをやってもダメな男が必死で職務に向き合うという、ひたすら地味な筋書きである。けれど、読み進めていくうちに、主人公の日常が、いや、冴えない自分の毎日だって、なんだかドラマティックに思えてくる――そういうふうに、わたしたちに寄り添ってくれる物語だ。

 主人公の紙屋は、これといった取り柄のない役立たず。強いて功績めいたことを挙げるなら、中学生のとき、区の読書感想文コンクールで佳作を獲ったことがあるくらいだ。そんな彼が、出来のいい兄に、「三十を過ぎても派遣社員のままでいいのか」と諭されて(その派遣の仕事も、実にダメな理由で失うことになるのだが)、紹介された老舗の会社・最上製粉の入社試験を受けることになる。

 読み書きが得意なら、履歴書くらい印象的に書いてみれば。そうアドバイスを受けた紙屋は、最上製粉の社史を取り寄せてみたのだが、これがものすごく面白かった。読了後の勢いで書き上げた履歴書を送ったところ、なんと書類選考を通過。奇跡的に社長面接までクリアして、採用通知を手に入れる。

 自分なりに書いた志望動機が、評価してもらえたのだろうか。ちょっとした期待を胸に最上製粉に入社した紙屋だが、配属された総務部ではミスを連発、ブロガーの同僚女性・榮倉さんには、ネット上で「給料泥棒」と陰口を叩かれてしまう。しかし紙屋は、榮倉さんのブログを読んで、自分にとって重大な事実も知った。紙屋が採用されたのは、やはり志望動機が社員の目に留まったからだ。自分の書いた文章が、人の心を動かしたのだ。

 なにもできない自分にも、文字を綴ることならできるかもしれない。紙屋はそう考えて、総務部として送る「予防接種のお知らせ」メールの雛形を削除した。役立たずのままで終わりたくない。その一心で、予防接種に行こうとしない社員たちに響くよう、メール作成に奮闘するのだが……。

 最上製粉は、よくも悪くも老舗の会社だ。うら若き女性社員の榮倉さんに、セクハラ発言をかます営業部のおじさん社員。その発言を笑顔でかわし、ブログで辛辣にあげつらう榮倉さん。若くして会社を継いだものの、古参の社員に軽んじられる三代目社長。うまくいっていないのは、決して紙屋ばかりではなかった。社内の皆が、仕事に対する真剣な想いをうまく伝える手段を持たず、諦めの境地にいたのだ。

 手でものを作ること、足を動かして客先を回ること、頭を使って会社を経営すること、指先で文章を綴ること。どんな仕事も、苦しく、つらく、それ以上の喜びと誇りがある。知ってほしいなら、黙ってはいけない。変えたいのなら、動かなければはじまらない。一冊を読み終わるころには、読み手であるあなたの心にも、紙屋の綴る文字が起こした変化を、はっきりと感じることができるだろう。

文=三田ゆき