「逮捕してくれてありがとう」薬物、アルコール依存症者が本当に飢えているものとは

社会

公開日:2019/2/16

『本当の依存症の話をしよう ラットパークと薬物戦争』(スチュアート・マクミラン:漫画、松本俊彦・小原圭司:監訳・解説文、井口萌娜:訳/星和書店)

 2016年6月、某有名俳優が覚せい剤取締法違反で逮捕された。彼はラブホテルで愛人と夜を過ごしており、そこに早朝ガサ入れがやってきた。彼は麻薬取締官に「来てもらってありがとうございます」と話したという。その印象的な言葉が、マスメディアのあいだで取り上げられることとなった。一体、その「ありがとう」にはどういう意味があったのだろうか?

『本当の依存症の話をしよう ラットパークと薬物戦争』(スチュアート・マクミラン:漫画、松本俊彦・小原圭司:監訳・解説文、井口萌娜:訳/星和書店)は、オーストラリアの漫画家スチュアート・マクミラン氏が描いた薬物依存症の問題にまつわる2本の漫画を、日本の専門家の解説と共に収録したもの。

■逮捕してくれて「ありがとう」と言った薬物依存症者

 薬物依存症の問題に取り組んでいる精神科医の松本俊彦氏は、本書の監訳と解説文を務めた著者のひとりだ。彼は先の俳優の発言をこう捉える。「ありがとう」という言葉が意味するのは、その人がそれだけ悩んでいた、苦しんでいたということなのだ、と。

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 これまで私は、何人もの覚せい剤依存症患者が、「逮捕された瞬間、思わず『ありがとう』って言ってしまった」と苦笑まじりに語るのを聞いてきました。その理由を問うと、誰もが一様にこう言いました。「これでやっとクスリがやめられる、もう家族に嘘の上塗りをしないでいい。そう思ったら、何だかホッとしてしまって」と。

 違法薬物の使用や薬物依存症の問題においては、「罰」や「強い意志」の必要性が一般的に語られる。しかし、問題解決の本当の鍵となるのは「支援」である。薬物依存症には誰もが陥る可能性があるというが、では本当に依存する人とそうでない人の違いは何だろうか? それは「孤独」の感じ方にある。

■依存症が罰や規制で解決しないワケ

 本書に収められているスチュアート・マクミランの漫画は「Rat Park」「War on Drugs」の2本。どちらも薬物依存の問題を社会的、歴史的視点から紐解いたものである。過去に実際に行われた有名な動物実験や規制政策を通してスチュアート・マクミランが見たものは、薬物に溺れる人々の持つ「孤独感」「閉塞感」であった。たとえ彼らに罰を与えても、再び薬物に手を出してしまうことは多い。再発防止のためには、依存症仲間や支援者、周囲の人々とのコミュニケーションをもって彼らの心をケアしていくことだ。

 薬物依存の本当の問題点について世間の理解が深まることで、人々が新たに薬に手を出す前に、自分の心に向き合い助けを求めることができる。正しい再発防止と新たな視点の獲得によって、違法薬物の横行を縮小させることができるのだ。

 アルコール依存症やギャンブル依存症にも薬物依存症と同じことが言える。アルコールを適度に楽しめる人もいれば、依存してしまう人もいる。更生のためには「もうやらなくても安心だ」と思える環境作りが必要だ。

 また、ギャンブル依存症には「ギャンブルで作った借金は、ギャンブルで返さなくてはならない」という思考にとらわれ、もうギャンブルが楽しくなくとも通ってしまう人がいる。ギャンブルをやらない人には共感しにくい苦しみが、そこに存在することもある。

 薬物の持つ人体への科学的な影響や脅威と、それに依存してしまう心理は別物なのだ。ただ規制したり罰を与えたりするだけでは解決しないこと、さらには問題を深刻化させてしまうこともある。本書は、その考え方を大きく広める1冊となり得るだろう。

文=ジョセート