断崖絶壁、自殺の名所で自殺志願者905人を救ってきた牧師の“救済記録”

社会

公開日:2019/2/22

『あなたを諦めない 自殺救済の現場から』(藤藪庸一/いのちのことば社)

 人生には不公平なことが多い。どれだけ頑張っても努力が報われなかったり、自分という人間に対して価値を見いだせなくなってしまったりすることもある。そんな風に、自分に対して絶望し続けていると、人は“自死”という道を選んでしまうこともあるように思う。

 だが、命を絶ってしまう前に『あなたを諦めない 自殺救済の現場から』(藤藪庸一/いのちのことば社)を通して、もう一度、自分の価値や命の尊さを再確認してみてほしい。

“「疲れた」「もうがんばれと言わんといてくれ」「ずっとこうだった」「うまくいったためしがない」。彼らは諦めることが多かった人生に劣等感を持っているが、それでも自分なりにがんばったからもうこれ以上がんばれないと考えている。私は、彼らの声に耳を傾けてきた。解決策が見えなくても、そばにいることをやめなかった。ただ、一緒に生きていこうと寄り添った。”

 まえがきでこう語る著者の藤藪さんは、牧師である。彼が住む和歌山県・白浜町の三段壁は自殺の名所となっており、命を絶つために訪れる人が後を絶たない。そのため、藤藪さんは1999年に恩師である江見太郎牧師から、自殺志願者の救済活動を引き継ぎ、これまでに905人もの命を救ってきた。

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 今の日本では、年間2万人以上が自死を選んでいるのが現状だが、死をなんとか踏みとどまりながら孤独と諦めの中で苦しんでいる人は、それ以上に多いかもしれない。だが、人は人生に疲れきり、生きる気力をなくしても、再び立ち上がることができる。さまざまな人の“再起”が収録されている本書は、人間の弱さと強さを教えてくれるのだ。

■たとえ好きになれなくても愛し、幸せを願う

 藤藪さんは自殺志願者を見かけると、説得を試みるだけではない。時には自宅に迎え入れ、共同生活を送りながら、その人が再スタートを切れるようにサポートしてきた。

 活動を続けていると、中には好きになれない人も現れるそうだが、藤藪さんはぶれない信念を持ちながら人の人生に関わり続けている。

“全員のことを、好きになれたわけじゃない。しかし、愛したと思う。一人一人の将来を真剣に考え、幸せを願い、支援してきた。”

 そう語る藤藪さんには、忘れられない出会いがある。

 それは2012年のお正月に、支離滅裂な話をする風変わりな60代の男性を保護したときのこと。「行く当てがない」と口にする男性に不信感を覚えつつも、藤藪さんは男性と共同生活を送ることにした。だが、男性は共同生活内で禁止されているにもかかわらず、タバコや酒を我慢せず、開き直る生活を続けた。他の共同生活者にもタバコや酒を配り、徐々に風紀も乱れていったという。

 年齢的に再就職は難しいし、生活保護では今までと同じ生活を繰り返してしまうだけだ…。男性の態度を見て考えた藤藪さんは自身が携わっているNPO法人で始めたお弁当屋さん「まちなかキッチン」で男性に働いてもらうことに。他の誰よりも、彼に声をかけ、愛し、叱った。

 すると、日に日に男性は真面目になり、10カ月後には自ら元いた町へ帰りたいと告げてくるまでに。その際、働いて得た給料の約半分ほどを藤藪さんに預け、しっかりと店の引き継ぎまで済ませてから帰っていったという。

 藤藪さんと自殺志願者たちの絆を知ると、改めて人を愛することや人から愛されることの大切さが身に染みる。人は人と真剣に関わることで、生きる希望を見つけ、自分の人生をやり直す力を育んでいけるようになるのかもしれない。

■天寿を全うするまで命を諦めない

 藤藪さんが自殺志願者たちと共同生活を送ったり、「まちなかキッチン」を通して働く場所を作ったりしているのは、彼らに最期を穏やかに迎えられる「安住の地」を与えてあげたいからでもある。

“私は、彼らに対して「最後まで面倒見るよ」「死ぬまでここにいていいよ」と伝えたいと思うのだ。”

 実際に、藤藪さんのところには故郷を離れ、天涯孤独となり、老後を迎えた男性がいる。男性は認知症が出始め、誰の役にも立たなくなったことを嘆いたり、時々トイレで失敗してしまうのが恥ずかしいと涙を流したりするようになった。だが、藤藪さんはそんな彼の涙さえもうれしく思うそうだ。

“これこそ、人との関わりの中で生き、一人の人間として、自尊心を持って生きている証拠ではないだろうか。”

 人生に絶望した人や孤立してしまった人、どんな境遇の人にも「安住の地」と「生きる希望」を与える藤藪さん。この世には死にたくなるほど辛いことがたくさんあり、自分が世界でひとりぼっちな気になってしまう日もある。だが、あなたに生きていてほしいと思っている人は必ずいる。本書はそんな人の温かさや優しさを思い起こさせてくれる一冊でもある。

文=古川諭香