今こそ知っておきたい『知識ゼロからの天皇の日本史』

社会

2019/2/27

『知識ゼロからの天皇の日本史』(山本博文/幻冬舎)

 西暦2019年の今年、日本は平成が終わり新しい元号となる。西暦は紀元前(BC)と紀元後(AD)に分かれ、BCは英語のBefore Christ(キリスト以前)、ADはラテン語でAnno Domini(キリストの年に)を意味する。私の家は代々キリスト教徒なこともあり、幼い頃に迷子になって警察に保護されたさい、生年月日を元号の昭和ではなく西暦で答えたところ、担当の警察官から「キミ、日本人じゃないの?」と言われたのは、今でも地味に腹立たしい。しかし、今上天皇(きんじょうてんのう)が生前譲位して新しい元号へと変わるにあたり、その歴史に触れてみようと『知識ゼロからの天皇の日本史』(山本博文/幻冬舎)を手にした。

 天皇は古くは「大王(おおきみ)」と呼ばれていたのが、7世紀の第40代・天武(てんむ)天皇の時代から「天皇」と称されるようになり、古代中国の宗教である道教における神と北極星を表す「天皇(てんこう)」に由来するそうだ。そして、皇族とは天皇の親族のことで天皇本人は含まれず、天皇と皇族の総称が皇室とのこと。また、日本に現存する最古の史書『古事記』と『日本書紀』においては「天皇」は「すめらみこと」と読まれ、これは「神の言葉を取り持つ」ことを意味し、歴史的に見れば天皇は日本の伝統的宗教である神道の祭司王といえるという。ただし、歴代の天皇は必ずしも神道以外の宗教を排除したりはせず、江戸時代までは御所(皇居)に仏間があり、それこそ歴代の天皇は仏教式に供養されていたのだとか。世界史における紛争の多くにキリスト教と、同じ神を信仰する宗教が絡んでいることを思うと、その懐の深さを見習いたい。

 平成時代までに125代を数える天皇は2600年以上も続いているとされ、初期の天皇は実在が疑問視されているものの、考古学や歴史学を踏まえても1800年はさかのぼる可能性が高いという。紀元前660年に即位したと伝えられる初代の神武(じんむ)天皇は、さすがに歴史的にも実在は認められないようで、実在の可能性がある最古の天皇は第10代の崇神(すじん)天皇から。また、第15代の応神(おうじん)天皇も記録が詳細なことから実在性が高い半面、それまでの王権との連続性が薄く、新王朝を開いて王朝が交代したとする説もあるという。天皇の正統性を論じる観点からすれば興味深く、仮に正統性が揺らいでも学術的な研究とは分けて考えるべきだろう。

 天皇史では、学校の授業でも習った「大化の改新」の「大化」が最初の元号で、女帝であった第35代の皇極(こうぎょく)天皇が初めて譲位することにより天皇となった第36代の孝徳(こうとく)天皇が定めた。女性の天皇は8人おり、そのうち2人は2度即位していて、このように2度即位することを重祚(ちょうそ)という。そこまでしても、女性天皇が退位や崩御したさいの次の天皇は男系によって維持されてきた。また、鎌倉時代には南朝と北朝に分裂し、双方から交互に皇位につく両統迭立(りょうとうていりつ)を経て、北朝を支えた室町幕府の第3代将軍である足利義満が、南朝の後亀山(ごかめやま)天皇が皇位を北朝の皇太子に譲る形での和睦を申し入れて合流を果たした。皇位を譲るということは、「正統(南朝)の天子が皇位を授ける」ということになり、義満は南朝の顔を立てたのである。ただし、分裂している間の南朝の後村上(ごむらかみ)・長慶(ちょうけい)・後亀山の三帝を歴代天皇として公認したのは、明治天皇の裁断によるものだそうだから、実に500年も経ってのこと。

 本書を読んで分かるように、伝統を守るために様々な工夫を凝らし新しい考え方も取り入れてきたことからすれば、伝統や格式を重んじるあまりに諍いとなるようなことは避けるべきだろう。子供の頃に明治生まれの祖父を、遠い昔の時代に生まれたかのようにボンヤリと思っていた私としては、新しい元号に生まれる世代の人たちに、昭和生まれであることを驚かれたいという密かな愉しみがあるから、平和で穏やかな時代となることを願っている。

文=清水銀嶺