ミリオタのラノベではない。戦争文学であるっ!

ライトノベル

公開日:2012/4/17

ガガガ文庫 とある飛空士への夜想曲 上

ハード : PC/iPhone/iPad 発売元 : 小学館
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:電子文庫パブリ
著者名:犬村小六 価格:324円

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スイカやココアには、甘みを増すためにあえて塩を加えるものです。
といっても、塩そのものが甘いわけではなくて(当たり前ですが)、塩みと甘みに落差をつけることで、相対的に甘みが増したように感じるわけですね。本作は『とある飛空士…』シリーズにおける、その塩、あるいは、唐辛子のような作品であります。

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スピンオフなぞと舐めてかかってはいけません。間違いなく、「追憶」と対の両A面。もうひとつのメインストーリーなのですから…。

本作は、前作の「とある飛空士への追憶」にて、主人公シャルルを唯一撃墜せしめた敵機エースパイロット、ビーグルこと千々石(ちぢわ)の視点から、海猫作戦や、その後展開される大戦の様子を捉えた作品であります。件の前作が恋と冒険、空を描いた王道の冒険譚であるとするならば、本作は戦争と愛国、友情を描いた王道の戦争文学であるといえましょう。

さりとて、所詮はライトノベルの範疇。ましてやラノベで戦記モノなんて…。
―――と、お疑いになるのも必然ですが、いやいやどうして、そのような簡単な括りでは容易に表現し難いものがあります。

学園、恋愛、美少女、萌え。
一般的にライトノベルと言えば、かような要素を含んでおるものですが、本作にはチットモそれらがない。てんで皆無なのです。その代わりに、乾いた鉄の匂いや汚泥、汗、血やらがヌラヌラと光っている。それも、単なるデコレートではなく、それぞれの正体がよくわからないほどに、グツグツグツグツと煮込まれています。気がつくと激的な口当たりに舌は麻痺し、ライトノベルをヒョイと飛び越して、戦争文学の領域にまで連れ去られているのです。自身も、迷子になってしばらく帰れず、次巻を手に取る他ありませんでした。

そして、いよいよ両国の戦争は激化を極め、熾烈、苛烈な鎬の削り合いが展開され、火薬や油、土埃、焼けた鉄の臭いがますます充満していきます。ここまで来ると、もはや完全にラノベの面影は消滅し、タールのように重く粘こい物語に胸のあたりまでトップリと浸かっています。

戦況はついに消耗戦に突入し、主人公たちは死ぬのをただ先延ばしにするためだけの出撃を繰り返します。苦境の戦闘員にとって、虚しさと哀しさ、苦しさは毎日の前提になり、「我々は何のために戦っているのか」と乾いた思考を巡らす千々石達。

これでもかと、死亡フラグが立ちまくるので、読み手としてはもう、最後まで気が気ではない…。「ここで死ぬだろ」が常につきまとい、改めて、あぁコレが戦争かと実感させられるのです。しかしそれでもなお、美しく強く生きる英雄の姿に熱くならずにはいられません。

ちなみに、下巻ではいよいよ海猫ことシャルルが登場します。
「追憶」ではさわやかな好青年であったシャルルですが、これを敵方の視点から観るというわけですね。それが恐ろしいのなんの。視点が違うだけでこうも変貌せしめるものかと驚かされます。戦場でまみえるシャルルは正に鬼神。悪鬼。嘘みたいな空戦技を繰り出し、味方機を食いちぎる様子は、素直に恐怖を覚えるものでした。海猫と魔犬。その勝負の行方は、ぜひご自身の目でご確認いただきたい。

戦争文学、戦記モノの入門としても非常にオススメの一品です。


シャルルがスラムなら、千々石は少年炭鉱労働者

自分、不器用ですから

いよいよ…!

“なにもない”しかない戦闘

英雄の訓示を聞け!

戦場のロマンチシズムがここに