名物ディレクターが語る『水曜どうでしょう』がローカル番組なのに大ヒットしたワケ
公開日:2019/3/6
北海道発の超人気ローカル番組『水曜どうでしょう』。大泉洋さんと鈴木貴之さん(=通称ミスター)が出演するこの番組は、1996年から2002年までレギュラー放送され、その面白さが口コミで広がり、ローカル番組なのに全国放送されるまでに至る。レギュラー放送終了から15年以上が経過した現在でも全国で再放送されており、その人気ぶりは東京キー局が制作する番組にまったく負けていない。
かくいう私もこの番組が大好きだ。特に大笑いした企画が、四国八十八か所完全巡拝の旅。大泉さんが四国の細いうねうね道を車酔いに苦しみながら巡拝し、不満がたまってディレクターにぼやく。無茶な巡拝スケジュールに押されて心がすさみ、岩屋寺で悟りを開いたかと思えば、パンの取り合いでディレクターとケンカする。この企画が再放送されるたびに「ありがたいな~」という気分になる。大泉さんが放つ苦悶の表情と怒声に誰もが笑うはずだ。この番組は視聴者に元気を与える。
『仕事論』(藤村忠寿、嬉野雅道/総合法令出版)は、『水曜どうでしょう』を制作した名物スタッフ、チーフディレクターの藤村忠寿さんとディレクター兼カメラマンの嬉野雅道さんが、同番組の制作の裏側や信念と、仕事に対する哲学を語る。どうでしょうファンならば、食い入るように読み進めてしまう1冊ではないだろうか。
■「どうでしょう」がバラエティ番組として異色の魅力を放つワケ
この番組のポイントは、出演者である大泉さんとミスター、スタッフである藤村Dと嬉野D、この4人だけで番組を制作・進行させていくこと。撮影中に予期せぬ事態が起きれば4人で大もめしながら問題解決し、番組を進行するための意思決定も隠すことなくすべて見せてしまう。通常のバラエティ番組ならばありえない。これが『水曜どうでしょう』の魅力の1つなのだが、名物ディレクターたちはどんな哲学をもって現場に挑んだのか。
藤村Dは本書で、「僕が思う“面白い”とは、“テレビを見続けてしまう状況”がつくられているということです」と語る。ある状況の中に4人を放り込み、そこで起こる何かに期待する。ハプニングが次々に起きれば、視聴者はテレビから目が離せなくなるというのだ。
嬉野Dは、“テレビを見続けてしまう状況”に必要なのは“流れ”だと語る。たしかに西表島の「虫追い」のときは、現地ガイドのロビンソンに「そんなの面白くねえ!」と一蹴されて、あっさり企画を変えてしまった。巨大うなぎを釣るためにロビンソンのカエル探しに一晩中付き合うことになり、ゆったりした南国の地で夜も眠れない過酷なロケを強行することになった。
普通のバラエティ番組ならば、事前に準備した企画を成立させるためにこういった現場の流れを分断してしまう。まるで正反対な考え方が、バラエティ番組として異色の魅力を放つ要因となったのだろう。
■風景と会話の声だけ!「どうでしょう」おなじみのシーンの誕生秘話
『水曜どうでしょう』の特徴といえば、出演陣がトークを交わしているのに、肝心の映像が風景しか流れていない場面が多々あること。テレビの常識を覆す撮影センスに、初見ならば度肝を抜かれる。嬉野Dが本書でこの撮影方法が生まれたきっかけを語っている。
先述の通り、同番組は現場にスタッフが2人しかいない。しかもカメラマンは嬉野Dだけ。だから撮影した素材に不備があれば、編集でどうにかするしかない。
「212市町村カントリーサインの旅」のとき、嬉野Dは撮影中にうっかり居眠りしてしまう。ロケを終えて編集ブースで素材を確かめると、車のフロントガラス越しの前進風景がいつまでも映っていて、その画面にタレントのトークが聞こえてくる。テレビ的には異常な画だが…なぜかトークが面白く聞ける。藤村Dは嬉野Dの失態を咎めることなく、ハプニングをチャンスに変えてそのまま編集してしまった。こうして「どうでしょう」おなじみの、風景映像にテロップを添えてタレントのトークを流すシーンが誕生した。
これは映像的冒険でも何でもない。単なる撮影ミスです。でも、そのミスから生まれた目の前の珍現象をどう見るか。「タレントの顔も映っていない絵をそんなに長時間使えるわけがないよ」と受け取ってしまえば、あの撮影手法は確立しなかったでしょう。
スタッフ2人が「面白い!」と感じたものは、たとえ前例がなくても放送してしまう。常識に流されることなくピンチをチャンスに変え続けたからこそ、他の番組では絶対に見られない斬新な画面や編集の技が次々に発明されたのだ。
■『水曜どうでしょう』がヒットを収めた幸福
画面の向こうでは大声で大泉さんを笑う藤村D。しかし心の中では、ディレクターとして「ファンが納得する番組を作る!」という強い気持ちがあった。たとえ過酷な旅になろうとも、流れに身を任せて面白いハプニングを次々とカメラに収めた。本書で語る藤村Dの確固たる仕事論に、読者は心を震わされるだろう。
一方、嬉野Dは本書の最後で『水曜どうでしょう』がヒットを収めた“幸福”を語っている。番組を始めた当初は4人ともテレビ番組制作の経験の浅く、“そのときまで培ってきた生活者としての経験値だけ”を頼りに制作を進めた。同番組の旅はとにかく過酷だが、全員が「面白い!」と感じ、ワクワクしていた。
そこにあった幸福は「番組作りというものは、こうするものだと言われている」といった権威が4人の中になかったことだと思います。
だからこそ4人はテレビ番組の常識に惑わされることなく、それぞれ面白いと感じるまま、自由かつ自発的に行動できたのではないか。このことがローカル番組を全国放送へ導いた原動力となったのではないか。
2019年、不定期放送となった『水曜どうでしょう』の新作公開が予定されている。どうでしょうファンならば楽しみで仕方ないだろう。今回も大泉さんが不満をぼやき、ミスターが肝心なところでダメ人間っぷりをさらし、藤村Dがそれを大声で笑っているはずだ。現場を収める嬉野Dのカメラワークにも期待したい。
文=いのうえゆきひろ
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