森のそばに住む家族と周辺の人々の日常が優しく懐かしい…益田ミリの『きみの隣りで』

マンガ

公開日:2019/3/12

『きみの隣りで』(益田ミリ/幻冬舎)

 忙しく日々を過ごしていると、深く呼吸することを忘れてしまう気がする。「こんな生き方でいいのかな」と不安になったり「もう〇〇歳なんだからしっかりしなきゃ」と自分を鼓舞したり。次第に息苦しさを感じてどんどん視野も狭くなり、そのことがさらに怖くなったりする。『きみの隣りで』(益田ミリ/幻冬舎)は、そんな日々のせわしなさから離れ、森で深呼吸したような読後感を味わえる1冊だ。

 著者は人気コミック「すーちゃん」シリーズなど、日常のさりげない風景や心情を描く作品を多数生み出している益田ミリさん。本作では、森の近くに住む早川さん家族とその周辺の人々の小さな物語が丁寧に積み上げられていく。

 冒頭のエピソードは温かくどこか懐かしい。ある日、早川さんの一人息子・太郎少年は、学校で宿題を出されて「生まれた日のこと」を早川さんに尋ねる。早川さんは自分と太郎少年にとっておきの飲み物を用意し、「特別な日のこと」をゆったりと話す。太郎は「特別な日だったんだ」と反芻しながら、その夜ぐっすりと眠るのだ。

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 いいお母さんだなあ、と思いながら読み進めていくうちに、早川さんが「お母さんだからこうしなきゃ」とは考えていないことに気づく。森のそばに住んでいるけれど、いわゆる「丁寧なくらし」を目指しているわけではない。全国の美味しいものをお取り寄せし、年に1度海外にひとりで旅立つ。マイペースで大らかで、自分の心のままに生きている。

 それに対して、早川さんを取り巻く人々はそれぞれに小さな葛藤を抱えている。産休になった先生のかわりに太郎のクラスの担任になった高木先生は、たびたび自宅を訪れてくる母親の過干渉に悩む。太郎はクラスの友達が「お金を盗んだ」と言われたことに心を痛める。そんななか、早川さんの独身時代からの友達であるせっちゃんが、深夜のスーパーで独り買い物をしながらふと漏らすひと言は切実だ。

“私がこの世界にいる役割ってなんなんだろう”

 それらの悩みは、直接早川さんに伝えられることはない。早川さんは家族や友達と森を歩き、あるいは1人で散歩中にさまざまな人に出会い、そのたびに森に暮らす生き物たちのことを話す。山火事を利用して種を飛ばす植物や、成虫になると食事をしなくなってしまう蛾の話など、彼らの生き方は実にユニークだ。生き物の話を通じていろんな生き方があると知った人々は、少しずつ「こうしなきゃ」というしがらみを越えて進んでいく。

 早川さんには悩みなんてないのかな?と羨ましく思う。だが、そんな早川さんも実は心の奥底に深い悲しみを抱えている。最後に1本の木に向かって語られるその言葉は、森の中で深く呼吸しているからこそあふれ出た気持ちなのかもしれない。

文=油井康子