ネットを騒がせた、真犯人による独白小説も! 伝説の犯罪「三億円事件」をモチーフにした小説

文芸・カルチャー

2019/3/6

「府中三億円事件」をモチーフにした小説・マンガ

 日本の犯罪史において、最も有名で謎に包まれた事件がある。「府中三億円事件」と名付けられたそれは、1968年12月10日、東京都府中市で発生した現金強奪事件だ。

 強奪されてしまったのは、東芝に勤務する従業員4600人分のボーナス、およそ三億円。当時、それを運んでいた輸送車は、近づいてきた白バイ警官の「この車にダイナマイトが仕掛けられているという連絡があった」という呼びかけに応じ緊急停車することに。しかし、この白バイ警官こそが事件の犯人。彼は車体の下を調べるフリをしながら発煙筒に火をつけ、「爆発するぞ!」と乗務員たちを車から引き離すと、そのまま輸送車を奪って逃走したのである。

 その実に鮮やかな手口と、誰ひとりとして死傷者を出さなかったこと、そして必死の捜査が繰り広げられたにもかかわらず、結局犯人が捕まらなかったことから、この事件は伝説として語り継がれることとなった。その後も捜査は継続されたが、1975年には犯人未詳のまま公訴時効が成立。1988年には民事時効も成立し、完全犯罪となった。

 まさにレジェンド級の完全犯罪であるこの事件は、名だたる作家陣の創作意欲にも火をつけた。事件に着想を得た小説やマンガが数多く発表され、今日に至るまで、一時も忘れられることはなかったとも言えるだろう。

 今回は、そんな三億円事件をモチーフとした小説をいくつかピックアップしようと思う。

■ネット上で話題騒然、独白形式で綴られた哀しきミステリ

『府中三億円事件を計画・実行したのは私です。』(白田/ポプラ社)

 昨年8月、小説投稿サイト「小説家になろう」にアップされるや否や、またたく間にネット上を騒然とさせたのが『府中三億円事件を計画・実行したのは私です。』(白田/ポプラ社)だ。そのPVは800万を突破し、書籍発売直後には情報番組『Mr.サンデー』でも特集が組まれる騒ぎに。発売からわずか5日で累計発行部数10万部を突破したというから、いかに世間が注目していたのかがわかる。

 本作は「ようやく心を決めました。この場を借りて、ひとつの告白をさせていただきます」という、白田の独白から始まる。そこで綴られるのは、府中三億円事件の真実だ。白田がなぜこのような事件を起こしたのか、どんな仲間がいたのかなど、事の顛末が冷静な筆致でまとめられている。

 しかし、それ以上に注目したいのは、本作がとても胸を打つ「青春モノ」であるということだ。白田とともに事件を起こした親友である省吾。彼は後に服毒自殺をしてしまうが、白田はその原因が自分にあるのではないかと思い悩む。親友を失ってしまったこと。彼を助けられなかったこと。その罪の意識に苛まれた白田は、ネットの力を借りて、すべての罪を告白することにしたのだ。事件の裏に隠された、友情と喪失。白田や省吾は犯罪者である以前に、誰もが通り過ぎてきた在りし日の「愚かな自分」だ。本作は、青春の痛みを真正面から描ききった力作である。

■実行犯は少女だった――その動機に迫る、ラブストーリー

『初恋』(中原みすず/リトルモア)

 2006年に宮﨑あおい主演で実写映画化もされた『初恋』(中原みすず/リトルモア)も、そのタイトルからはおよそ想像もつかないが、府中三億円事件を題材にした小説だ。

 語り手となるのは、著者と同名の主人公・みすず。そして、彼女が事件の実行犯である。

 本作の根底にあるのは、「恋心」に翻弄される若者たちの切なさと愚かさだ。親からの愛情を得ることができなかったみすずは、偶然出会った学生・岸と恋に落ちる。みすずにとって、岸は唯一の理解者であり居場所。そんな彼から事件の計画について聞かされたみすずは、自分の居場所と恋を守るために、白バイ警官になりすますことを決意する。

 そして、とても胸が締め付けられるのは、事件後、岸から明かされる「ある真実」を知ったときだ。ただ愚直に居場所を追い求めていたみすずにとって、現実はあまりにも残酷だった。永遠なんてものは存在しない。すべては消えゆくものである。みすずが感じる消失感は、そのまま読者にとっての読後感へとつながっていくだろう。

■推理小説の名手がたどり着いた、三億円事件の真相とは

『水の肌』(松本清張/新潮社)

 戦後の日本を代表する作家のひとり、松本清張も府中三億円事件をモチーフとした作品を生み出している。それが短編集『水の肌』(新潮社)に収録されている、『小説 3億円事件』だ。

 本作の主人公となるのは、ニューヨークの私立探偵事務所所長を務める人物、G・セイヤーズ。彼は三億円事件による紛失金を負担することになった、米国の保険会社からの依頼により、事件の真相に迫っていく。

 面白いのは、セイヤーズの推理がそのままひとつの仮説として成立しているところにある。もちろん、当時の情報をもとに書かれている上、あくまでも本作はフィクションではあるが、作中でセイヤーズが出す結論には、「なるほど」と唸らざるを得ない。

 松本清張といえば、推理小説の名手として数多くのミステリ・サスペンス作品を世に送り出してきた作家だ。いわば、推理のプロである。そんな彼が府中三億円事件の真相についてどのように考えていたのか。本作を読めば、その一端に触れることができるはずだ。

 これらの作品の他にも、府中三億円事件をモチーフにした作品は山ほど存在する。そして、その読み心地もそれぞれに異なる。人間の欲望がひしめくサスペンスを求めるのか、あるいは哀しいヒューマンドラマを求めるのか。一口に事件モノと言っても、アプローチはさまざま。読書を通じて、作家陣を魅了してやまない府中三億円事件の真相に迫ってみては?

文=五十嵐 大

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