謎を紐解くヒントは、カント哲学にあった!? 新任教授と女子院生がおりなす哲学×日常ミステリー

小説・エッセイ

公開日:2019/3/8

『ミネルヴァの梟は飛び立ちたい ~東雲理子は哲学で謎を解き明かす~』(草野なつめ/KADOKAWA)

 どんなにありがたい教えも言葉も、“自分”に響かなければ意味がない。『夢をかなえるゾウ』(水野敬也)や『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』(岸見一郎・古賀史健)がミリオンヒットしたのは、ガネーシャやアドラーの教えを単なる学問としてではなく、生き方指南として翻訳してくれたからだ。同様に、抽象的で難解に見える哲学を、読者の心に寄り添う物語として描きだしたのが、小説『ミネルヴァの梟は飛び立ちたい ~東雲理子は哲学で謎を解き明かす~』(草野なつめ/KADOKAWA)。スマートニュース×カクヨム「連載小説コンテスト」で優秀賞を受賞した作品だ。

 主人公は、東雲理子(しののめ・りこ)。城京大学大学院で哲学を専攻する大学院生だ。頼りにしていた指導教員が海外へ行くこととなり、かわりにやってきたのが新任教授の大道寺哲。日本では無名なのに周囲には一目置かれている、妙に謎めいた男である。そもそも出会いのきっかけからして謎だらけ。図書館で返却したはずの哲学辞典が、なぜか何度も自分の机に戻ってきてしまう怪現象に悩まされていた理子の前に、思わせぶりに現れたのが彼なのだ。どこかとらえどころのない大道寺を通じて、理子はカント哲学へいざなわれ、日常のちょっとした謎をも解決していく。

 何度待ち合わせても会えない友達。研究室に代々伝わる理不尽な「掟」。理子のもとにもちこまれる謎の、解決の糸口になるのがカント哲学だ。なかでもおもしろかったのが第4話。理子の通う喫茶店に、ある日突然こなくなった常連さん。マスターに頼まれて理由を探る理子は、大道寺によってカントのある逸話と詩人の言葉――「バラは〈なぜ〉なしにある」に辿りつく。

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 多くの人は、事象に理由を求めたがる。そうすれば納得して、すっきりして、前に進めるからだ。だが理由を解明しようとしすぎて、こじつけてしまうこともある。さまざまな理由が複合的に重なって、たまたまの結果として現れたにすぎない出来事を、ドラマティックな物語へと変容させてしまうのだ。第4話では、論理的な人ほど陥りやすいこの罠に気づかされる。同時に、論理だけではわりきれない感情を扱うからこそ、哲学に終わりはないのだということも。

 本書いわく、カントは〈世の中には「考えれば分かること」と「考えても分からないこと」がある。「考えても分からないこと」は、いくら考えても仕方がない。だとすれば、このふたつをしっかり分けて、「考えれば分かること」だけを考え〉ようとしたという。人の心も、世の中の出来事も、すべて理屈だけでは解明できない。けれどそれでも、できるだけ真理に近づくために、冷静な眼で現実を見ること。そのための知識をたくわえること。知識をもとに考える力を養うこと。生きるために必要なすべてを教えてくれるのが哲学なのだ。

「本当の哲学を探したい」。それが幼い頃に家を出ていった理子の父が残した言葉だ。だが大道寺によれば(理子は知らないが)、理子の父とおぼしき男は「哲学に絶望した」と言っていたという。果たしてその言葉の“理由”は? 「本当の哲学」とはいったい? まだまだ謎の残された本書。哲学初心者もエンタメとして楽しめる、日常ミステリーなのである。

文・構成=立花もも