他人の評価に振り回されないために…「1日1時間のネット断ち」のススメ

暮らし

2019/3/26

『ネット断ち』(齋藤孝/青春出版社)

 ここ20年ほどでインターネットは大きな普及を見せた。はじめはパソコンを通じたデータのやり取りに限定されていたものが、いまや手のひらサイズのスマートフォン1つで日本のどこからでも自由にネット上の情報にアクセスできる。それは、人類の技術的な進歩を象徴するものだ。誰でも多種多様な情報を手に入れる機会を得るばかりか、自ら発信する立場になることさえできる。家族や友人、恋人とも簡単に連絡できる世の中は、以前よりもずっと便利だといえるだろう。しかし、それは人の「精神性」にとって良いことだったのか。

『ネット断ち』(齋藤孝/青春出版社)は、インターネットやSNSばかりに囚われる現代人の生活に警鐘を鳴らす。ネット上に氾濫する情報の波に晒されることで、現代を生きる人々の精神や活力が失われているというのだ。あまりにも多くの情報に浸り続けることで、深い理解や考察は進まず、ひたすら表面的な知識ばかりが増えていく。それは、「知識比べ」のような空虚なコミュニケーションを繰り返す生活を生み出し、結果として「人間としての深み」を持たない状態に陥ってしまう。だから、自分なりの価値観を確立することができず、「人の評価ばかりが気になる」人々が増えているというわけだ。

 SNSでの繋がりにばかり注意が向き、「他人から評価されたい」「笑いものになりたくない」という不安感は、ますますインターネットを利用する時間を増大させる。こうなると、一日中SNSのことを考え、ほかのことに集中できなくなる場合さえあるのだ。「人の精神力は有限である」という著者から見れば、これは「24時間心の漏電が起こっている状態」だという。いわゆる「SNS疲れ」は、もっと別のことに費やすべき精神力をSNSに向けて垂れ流している状態なのだろう。

 著者は、インターネットやSNS自体を否定しているわけではない。ただ、こうした「心の漏電」が続くことは危険だと主張する。そして、それを避ける方法として「1日1時間のネット断ち」を推奨しているのだ。ネットにアクセスできない環境を1時間ほど作り、そこで自らの「教養」を深めることが重要だという。教養とはいっても、何か特別なことをする必要はない。たとえば、スポーツをしても良いし、音楽を聴いたり映画を観たりするのも良い。とりわけ著者が勧めているのは、「読書」である。読書を通して、過去の偉人たちと「対話」することは深い教養を身につけ、そして確固たる価値観を手に入れることに繋がるからだ。

 本を読むというのは、ネットサーフィンのような雑多な情報を知識として取得することとは異なる。書き手の思想に触れ、綴られている体験を自分のものにすることだ。そうして身についたものを「教養」と呼ぶ。文章を流すように読むのではなく、その奥にある本当の意味を知るために、深く潜っていく――「沈潜する」ことが重要なのだ。そのためには、一人で静かに過ごす時間が欠かせない。「ネット断ち」は、教養ある大人になる1つの方法である。しっかりとした教養・価値観を持ったなら、インターネットをさらに活用できるはずだ。ネット上にある玉石混淆の情報から、本当に価値のあるものを選ぶためにも、身につけた教養は大いに役立つだろう。

 だが、いきなり本を読もうと思っても、「何から手をつけていいのか」と悩む人もいるかもしれない。そんな人のために、本書には著者が薦める数々の名著が紹介されている。日本人作家である夏目漱石や太宰治、海外の哲学者ソクラテスなどジャンル問わずの名作がオススメされているのだ。改めて自分の価値観を見つめ直し、他人の評価に振り回されない生活を取り戻したい人には、ぜひ本書を手に取ってもらいたい。

文=方山敏彦