日常を突き崩す、恐怖と幻想。『ぼぎわんが、来る』の著者による、ホラー短編集

文芸・カルチャー

2019/3/8

『ひとんち 澤村伊智短編集』(澤村伊智/光文社)

『ぼぎわんが、来る』の実写映画化(中島哲也監督『来る』)と、同作の著者・澤村伊智氏のブレイクは、昨年のエンタメ小説界を語るうえでは外せないトピックだろう。

 澤村伊智といえば、2015年に日本ホラー小説大賞を受賞してデビューした、新世代ホラー小説の旗手。映画化をきっかけにその“怖くておもしろい”作品が広く知られるようになったのは、デビュー当初からの読者として喜ばしいことだった。

 2月20日に発売された『ひとんち 澤村伊智短編集』(澤村伊智/光文社)は、待望の新作。表題作「ひとんち」から書き下ろしの「じぶんち」まで、著者の鬼才ぶりをたっぷり味わえる短編集である。

 以下収録作にふれながらレビューしていくが、結論から書いてしまうと、この本は単行本で手に入れる価値のある、密度の濃い1冊だ。ホラーファン、ミステリファンはもちろんのこと、刺激のあるエンタメが読みたいという方々に、自信をもっておすすめできる。

「夢の行き先」は、ホラー&ダークファンタジー専門誌(『ナイトランド・クォータリー』)掲載時に読んで驚き、今回あらためて感心した短編。小学5年生の主人公は、3日続けて老婆に追いかけられるという悪夢にうなされる。後日、親しいクラスメイトもよく似た夢を見ていたことが判明し、物語は意外な方向へと転がってゆくが…。クラスを覆ってゆく熱狂と、一見さりげない(でもゾッとさせられる)結末。そのコントラストが絶妙。〈スーパーファミコン〉などの名詞が醸し出すレトロ感も、作品世界にマッチしている。

「闇の花園」は、無口な黒ずくめの少女のために奮闘する男性教師が、この世ならぬ恐怖に直面することになる、という異形のゴシックホラー。『ぼぎわんが、来る』同様、“無神経な善人”を描かせると著者の筆はさらに冴えわたる。ミステリ的な仕掛けもあって、ラストまで油断できない作品。

 うってかわって日常的な素材を扱ったのが「ありふれた映像」。もしスーパーの食品売り場で流れている販促ビデオに奇妙なものが映りこんでいたら…、というアイデアの作品で、見慣れた日常がぐらっと揺らぐ一瞬を巧みに描いている。因果関係が分からないから怖い。分からないから見たくなる。そんな心理を扱った怪談小説だ。

 私的ベストをあげるなら「シュマシラ」だろうか。主人公はあるきっかけから、食玩(お菓子のオマケ)の熱烈なコレクターと知り合う。その男性が探していたのは、類人猿型のUMA(未確認生物)をモチーフにした、シュマシラというマイナーな食玩ロボだった。この作品はクライマックスに描かれる、動物園のシーンがとにかく怖い! 不穏なネーミングセンスや、緊張感のある異界描写、幕切れの鮮やかさなど、読者を怖がらせるためのテクニックがこれでもかと詰まった贅沢な傑作。

 ほかにもミステリ色の強いもの(「ひとんち」など)から、幻想的なイメージが際立ったもの(「宮本くんの手」など)まで、さまざまな怖さと驚きを堪能できる全8編。普段“フィクションよりも現実が怖い”と考えている大人の読者であっても、ページをめくるうちにどこかで背筋が冷たくなるはずだ。読了後、家族や友人と「どの話が怖かった?」と、恐怖のツボを確認しあうのも楽しいだろう。

 なお個人的にうれしかったのは、本書が連作短編でもシリーズものでもなく、本来の意味での“短編集”だったこと。セールス的な観点からか、近年こうした本は編まれにくくなっているが、数十ページでひとつの世界の断面図を覗かせてくれる短編には、長編とはまた違った魅力がある。『ひとんち』はそんな短編のよさを、あらためて認識させてくれる本でもあった。著者の試みに拍手をおくりたい。

文=朝宮運河