「死なないクラゲ」の存在が人間の世界を変える!? 世にも珍しいクラゲの秘密

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2019/3/14

『不老不死のクラゲの秘密』(久保田信/毎日新聞出版)

 あなたはできることなら「永遠の命」を手に入れたいと思うだろうか? 人類の歴史において、「老い」や「死」は避けられないものと考えられてきた。映画などでも永遠の命を授かる薬が登場するなど、人間がいかに不老不死に憧れを抱いているかが見て取れる。生殖を繰り返して子孫繁栄をしていく多細胞生物にとって、最大の目的は「生存」だろう。少しでも長く生きながらえるために、病気を治癒するための薬も開発されてきたのだ。

 実は、そんな人間の欲望を叶えるための道が見えはじめたという。『不老不死のクラゲの秘密』(久保田信/毎日新聞出版)では、その可能性について言及している。本書の著者は海洋生物学者の久保田信氏。北海道大学や京都大学で助手や准教授などを経て、現在は自らが設立した「ベニクラゲ再生生物学体験研究所」の所長を務めている人物だ。

「ベニクラゲ」とは、大きさが直径数ミリから最大でも1センチ程度ととても小さいクラゲだ。クラゲの特徴ともいえる透明でゼリー状部分の内部に、鮮やかな紅色の「口柄(こうへい)」を持つことからその名が付けられた。口柄とは、口唇と胃腔が合わさった器官で、外部が生殖巣となっている。つまり、食べ物を摂取し、新しい命が生まれる場所ということになる。なんと、このベニクラゲは「不老不死のクラゲ」ということが研究によってわかったという。

 そもそも、クラゲはずっとクラゲの形をしている生き物ではない。クラゲには数多くの種類があり、その特徴によって各門に分類されている。中には生まれてすぐ、卵からクラゲの姿になるものもいるがこれは極めて稀だそう。大半のクラゲは、ライフサイクルにおいて、クラゲの姿ではない「ポリプ」と呼ばれる時期を持つ。クラゲが海水内を浮遊するのに対して、ポリプは海底でじっと動くことがない。根や茎、花にあたる部位を持つ植物のような存在で、形態としては珊瑚やイソギンチャクをイメージするといいだろう。

 受精卵から生まれたクラゲの幼虫はポリプとなり、ポリプから無数の「クラゲ芽」が出て、その一つ一つがクラゲへと成長していく。成長したクラゲは受精し、また同様のライフサイクルを繰り返していくというわけだ。一般的なクラゲはこのような過程を辿って一生を終えるが、ベニクラゲはなんと若返るという。成長したベニクラゲは受精後に体が退化しはじめ、肉団子状になった後、再びポリプの姿に戻ることができる。もちろん、すべてのベニクラゲが若返るわけではないが、何らかの条件が揃ったときにこのような現象が見られるというのだ。

 著者は気の遠くなるような実験を繰り返し、ベニクラゲの若返り実験を成功させた研究者の一人だ。あらゆる環境下で再生の可能性を試し、同じ個体から最高で2回も若返りさせたという。ベニクラゲと人間は生物的に遠くかけ離れているように思えるかもしれないが、実は両者の遺伝子構成はそれほど変わらないそうだ。人間の遺伝子数が約2万2000なのに対して、ベニクラゲのそれは約2万3700だということが判明した。つまり、ベニクラゲの若返りメカニズムが解明されれば、いつの日か人間にも応用できるのではないかと考えられているのだ。

青カビからでさえ、人間に応用できるペニシリンという薬をつくることができる。ベニクラゲからも、何らかの不老不死に関連するたんぱく質を抽出すれば、人間に役立てられる可能性はあるだろう。もし、ベニクラゲの刺胞の毒が強ければ、毒を転じて製薬とする研究が発展したかもしれない。いずれにせよ、人間に適用させる方法は存在するはずだ。

 しかし、わたしたち人間が永遠の命を手に入れる資格があるのかどうかは別問題かもしれない。人間は生きていくために自然環境を破壊し、他の生物の命を摂取している。戦争を起こして無実の人たちを殺害するというのも人間の世界だけの話だ。若返りの術は、害のない小さなベニクラゲだけに与えられたものであるのかもしれない。本書は、今一度人間としてのあり方を見つめ直すいい機会にもなるのではないだろうか。

文=トキタリコ