飯テログルメミステリー『ビストロ三軒亭の美味なる秘密』――今日もわけありの人々が三軒茶屋のビストロに集う!

文芸・カルチャー

2019/3/23

『ビストロ三軒亭の美味なる秘密』(斎藤千輪/KADOKAWA)

「この世は舞台、人はみな役者」。そう言ったのは劇作家のシェイクスピアだ。舞台における起承転結は、なにかに似ている。そう、フレンチのコースだ。ことの起こりはオードヴル(前菜)、その全貌が見えてくるポワソン(魚料理)、結末への期待を高めるグラニテ(口直し)、大団円はヴィヤンドゥ(肉料理)。そうであるなら、フランスの美食家・ブリア=サヴァランの「食卓こそ、人がそのはじめから決して退屈しない唯一の場所である」という言葉は、こう読み換えることができないか。「レストランこそ、人がそのはじめから決して退屈しない唯一の劇場である」と。

「ビストロ三軒亭」シリーズの主人公・隆一は、役者を目指しているもののオーディションには連敗中。シリーズ1冊目の『ビストロ三軒亭の謎めく晩餐』(斎藤千輪/KADOKAWA)は、そんな隆一が、ちょっと風変わりなビストロ“三軒亭”で、ギャルソン(ウェイター)のアルバイトとして採用されるところからはじまる。

 三軒茶屋にある三軒亭は、名探偵ポアロ好きのクールなシェフと、オネエ口調のいかついソムリエが営む店だ。こぢんまりとした佇まいだが、料理は本格派、サービスは規格外。お決まりのメニューは設けず、指名制のギャルソンに料理の好みを伝えると、シェフがそのテーブルだけのオリジナルコースを組み立ててくれる。隆一の同僚であるギャルソンたちも、天真爛漫な笑顔が魅力のサッカー青年や、医者ばりの知識を持つメガネ男子など、その個性は実に豊か。だが、個性豊かなのは従業員だけではなかった。訪れる客たちも、バラエティーに富んだ事情を抱えていたのだ。

 シリーズ最新刊となる『ビストロ三軒亭の美味なる秘密』(斎藤千輪/KADOKAWA)では、ギャルソンとして生きることを真剣に考えはじめた隆一が、新たな悩みに直面する。有名店での修行のチャンスが目の前をちらつき、さらには、自分が代役を勤めていたギャルソンが帰ってくるというのだ。

 隆一が思いわずらう間にも、三軒亭はさまざまな客を迎え入れる。野菜づくしの料理を頼んだ恋人に、嘘をつかれているのではと悩む男性客。あたたかな煮込み料理に舌鼓を打ちつつも、自宅前に置かれる奇妙な贈り物に怯えるダンサー。“宝石”を彼女に食べさせたいと言い残して倒れる、役者時代の隆一の先輩。隆一は、ギャルソンの仕事を通して、客や従業員たちの事情を読み解き、自分の未来にも思いを馳せる。

“The Show Must Go On”、ショービジネスの世界では有名な言葉だ。なにがあっても、舞台は続けなければならない。自分の人生だって、途中で降板するわけにはいかないだろう。人はみな、なにかを演じて生きている。たとえば物分かりのいい恋人を、都会で強く生きる人を、才能あふれる名役者を、ビストロを訪れる客を、ウェイター役を。挫折を味わったとしても、人生という名の舞台は続く。食べるのは、明日も舞台に立つためだ。美味は腹だけでなく、心も満たす。明日を生きる、活力となる。

 飯テロ描写&登場人物の成長が味わい深いマリアージュを遂げた、人気シリーズ最新刊。お腹は空いても胸はいっぱいになる一冊を、ぜひご賞味あれ。

文=三田ゆき