「人間の女性とサルの交配は許される?」その問いを哲学で解いてみると――

文芸・カルチャー

2019/3/15

『答えのない世界に立ち向かう哲学講座』(岡本裕一朗/早川書房)

「哲学」というと、昔の人がなにか小難しいことを言っているだけで、自分とは関係のないものだと思っている人は多いかもしれない。あるいは反対に、書店などにその手の本が多く並んでいることもあって、「正しい生き方」を指南してくれる人生論やハウツーのようなものだと思っている人も多いかもしれない。

 だが本来、哲学とは、その時代時代において今なにが起きているのかということを自他に問い、考える学問だ。いわば、「ものの考え方」の枠組みのことである。

 そんな哲学の、本質的な在り方と現代のさまざまな社会問題との関係について記したのが『答えのない世界に立ち向かう哲学講座』(岡本裕一朗/早川書房)だ。著者は、近現代思想の専門家で、『いま世界の哲学者が考えていること』(ダイヤモンド社)や『人工知能に哲学を教えたら』(SBクリエイティブ)など、現代的な問題を「哲学の視点」で論じた著書も多い。

■自動運転車が事故を起こしたら、責任を負うのは誰?

 本書で提示されている現代的な問題の一例を挙げると、「自動運転にどのような安全プログラムを搭載すべきか?」というものがある。具体的な問いとしては次のようなものだ。

問い「あなたは一人で自動運転車に乗っています。すると、前方でタンクローリー車が横転してしまう。このとき、車の左側では子どもが、右側では老人が道路を横断中です。そのまま直進するとタンクローリー車と衝突しますが、左にハンドルを切れば子どもを轢いてしまうし、右にハンドルを切れば老人を轢いてしまいます。このときにどう進むように、自動運転車を設計すべきでしょうか」

 もちろん、この問いに対する「唯一正しい正解」というものは存在しない。直進して運転者自身が死ぬべきか、それとも子どもを轢くのか、老人を轢くのか…それぞれの人生観や価値観によって違ってくるだろう。だが、自動運転の技術が急速に進歩している現代において、考えなければならない問題であることは間違いない。

 このように、「答えのない問い」について真剣に考えること自体が哲学なのだ。

■人間とチンパンジーの交配が認められない理由は?

 本書ではそのほかにも、「AIが事故を起こしたときの責任主体は?」や「ゲノムの編集はどこまで許されるのか?」、「経済活動において自由をどこまで認めるべき?」、「ビットコインは貨幣なのか?」など、現代的な問いが数多く取り上げられている。

 そのなかには、「人間の女性とチンパンジーの交配が認められるのは、どんな場合?」という、ギョッとするような問いもある。ちなみに、人間とチンパンジーのDNAは99%同じであり、人間のオスとチンパンジーのメスでは交配は難しいが、逆の場合は成功する可能性があるという。

 この問いに対しては否定的な答えを出す人が大半だろう。だが、「オランウータンとチンパンジーの交配」というのが問いだったら、とくに問題を感じないという人が多いのではないだろうか。つまり、多くの人は自明の理として、「人間を特別なもの」と考えているのである。

 しかし、AIの進化やバイオテクノロジーの発展によって、「人間そのもの」の定義すら揺らいでいるのが現代社会だ。「これまでの常識」が通じなくなってきているいまだからこそ、改めてすべてを問い直す哲学の重要性が見直されるべきかもしれない。

文=奈落一騎/バーネット