からかいに耐えられず自殺未遂も――吃音当事者が抱く“伝えられないもどかしさ”

暮らし

2019/3/17

『吃音 伝えられないもどかしさ』(近藤雄生/新潮社)

“朝が来るのが怖くて眠れない。寝ずに朝を迎えたところで、問題は何も解決しないのに。時間を止めて、眠りたい”

 そんな悲痛な叫びが心を締め付ける『吃音 伝えられないもどかしさ』(近藤雄生/新潮社)は、世間からのスポットが当たりにくい吃音当事者の現状や彼らの心の内に迫った、渾身の1冊だ。

「吃音」とは、どもって言葉が上手く話せない症状のこと。周囲からは重大な問題だと受け止められにくい傾向があるが、当人にとっては深刻な悩みとなり、時には命を落としてしまうほど苦しんでしまうこともある。

■吃音が起こるメカニズムはまだ解明されていない――

 本書の著者である近藤さんも、長い間吃音に悩んできた。兆候は小学校時代に表れ始め、10代後半には話すときに喉が硬直して発声できなくなることが増えていったという。

“たまたま音やタイミングが合い、言えそうだと思った語を、たとえば「チーズバーガー」という語を、それを食べたくなくとも発することになるのである。言い終わると常に全身が疲労感に襲われた”

 ファーストフード店頭での注文の経験をそう振り返る近藤さんの言葉からは、吃音当事者が常に抱え続けている緊張感や不安感が伝わってくる。その後、近藤さんは大学に進学したが就職を諦め、フリーライターに。文筆を生業とするようになった。

 吃音が起こるメカニズムは、未だにはっきりとは解明されておらず、誤解を受けたり好奇の視線を向けられたりすることもまだまだ多い。だからこそ、本書を手に取り、吃音当事者が背負ってきた生きづらさや絶望感を多くの人に理解してほしい。かつて、吃音は幼少期の精神的ショックや厳しいしつけが関係していると考えられており、比較的簡単に治せると言われていたが、実際は違う。

 最近の研究によれば、吃音のある人は吃音のない人とは発話に関する脳の各部位の働き方や部位同士の接続に異なる特徴が見られることが明らかになってきている。また、自助団体が誕生したり、複数の研究者や言語聴覚士、医師らによって治療に関する研究が進められたりするようにもなってきた。

■吃音当事者でない周りの人ができるサポートは?

 その一方で完治を目指すのではなく、吃音を受け入れようと推奨する考えもあるため、当事者は自分の吃音とどう向き合っていけばいいのか悩んでしまうだろう。本書に登場する高橋さんもそのひとりで、吃音との向き合い方を模索し続けてきた。

 高橋さんには、これまで自由に話せたという記憶がない。彼が小学生だった1980~1990年代は、吃音への理解が今以上に乏しかった。教員は、場数を踏めば吃音は良くなるだろうと考えており、授業中にできるだけ多く高橋さんに発言させたという。

 その結果、高橋さんはクラスメイトのからかいに耐え切れなくなり、高校2年生の時に学校を中退。人生に絶望し、17歳のときに家の団地の8階から飛び降り自殺を図ったが、死ぬことはできなかった。

 その後、高橋さんはバイトを転々としながらも懸命に生き、妻子をもうけた。しかし、妻との関係を続けることが難しくなり、娘の面倒をひとりで見るために安定した職に就かなければいけなくなった。そのために必要だったのが、吃音の改善だ。高橋さんは、同じく吃音で苦しんだ経験を持つ言語聴覚士の羽佐田さんの訓練を受け、人生を変えていくことにした。

 本書には愛娘を守るために吃音と向き合う高橋さんの勇敢な姿が事細かに描かれており、同じ境遇の方は勇気を貰えるだろう。そして、吃音当事者ではない私たちにはどんなサポートができるのだろうかと考えさせられる。

 当事者の苦しみを、周囲の人が100%理解するのは不可能かもしれない。だが、苦しみに寄り添い、手を差し伸べることはできるはず。当事者だけでなく、それを見つめる周囲も吃音とどう向き合っていくのかを考えていくことこそが、吃音治療を発展させていくキーポイントになるように思える。普通に話し、普通に名前が言える。吃音当事者のそんな望みが叶うかどうかは、私たちひとりひとりの手にかかっている。彼らをどう受け止め、支えていくかを考えさせてもくれる1冊だ。

文=古川諭香