ダメダメでもいい、眠くなれば昼寝OK…の職場が目指す「生きづらさ」の解消法とは?

暮らし

2019/3/23

『まともがゆれる 常識をやめる「スウィング」の実験』(木ノ戸昌幸/朝日出版社)

「生きづらい」という言葉をよく目にするようになった。色々な意味を含む言葉だが、大方のところでは、生きるのが大変な日常を送っているというような意味だと思う。

「生きづらい」とおおっぴらに言えることは、歓迎すべき風潮だと思う。だがやはり、生きづらい人が多くいる社会というのはよくない。一体どうしたら「生きづらさ」を解消できるのだろうか?

 この問題に立ち向かうべく、実験的な職場作りに取り組んでいる人がいる。NPO法人「スウィング」の設立者、木ノ戸昌幸さんだ。彼が取り組んでいるのは「常識をやめること」。彼の著書『まともがゆれる 常識をやめる「スウィング」の実験』(朝日出版社)から、その実験の一部を紹介しよう。

■眠くなったら昼寝OKの職場とは?

 スウィングは、京都で2006年に設立された障害福祉NPO法人で、障害のある人たちが仕事をする場だ。社会の多数派の中では「生きづらい」と感じることが多いだろう人たちと、社会をつなぐ役割があり、障害者総合支援法という法律にのっとった福祉施設である。

 その仕事の内容は大変ユニークだ。例えば、戦隊ヒーローに扮して街の清掃活動、京都駅前で勝手に観光案内、など。しかも、眠くなったら昼寝OK、特に理由のない休みを取ると同僚から拍手が送られるという環境で、モットーはなんと「ギリギリアウトを狙う」だそうだ。

 このモットー「ギリギリアウトを狙う」の手順は、次の3ステップだ。

(1)「常識」や「普通」の範囲から少しだけはみ出たことをやってみる
(2)そして徐々に常識や普通の枠を広げてしまう
(3)すると生きづらさが和らぐ

 例えば、現在スウィングで実際に行われているのは、朝は何時に来てもいい、朝礼では重要そうに思われないことでも何でも誰でも発言していいなど。つまり、社会で「常識」や「かくあるべき」とされていることに疑問を呈し、本当にそうあることが必要なのかどうかを見直して、自分たちが快適に感じるルールに変えているというわけだ。

■他の人はできるのに自分はできない、という感情が人を追い詰めてしまう

 では、なぜこのようなモットーが生まれたのだろうか? その理由は木ノ戸さんの感じてきた「生きづらさ」にある。

 木ノ戸さんは、小学校の低学年まで勉強もスポーツも目立つほどできたそうだ。しかし、途中から「できない」自分がばれたらどうしようと不安に苛まれるように。そしてついに、学校も人も怖くなってしまったのだが、一度学校に行かなくなったら社会のレールから外れてしまうという強迫観念と恐怖があり、不登校という選択ができなかった。そんな中、たまたま新聞で「大学生の不登校を考えるシンポジウム」という文字を目にする。自分と同じ苦しさを持つ人がいるかもしれないと、期待と不安を抱えつつ参加したところ、人生を変えるほどの衝撃を受けたという。彼は、その時のことを次のように述べている。

“大人が無言のうちに求める「こうあるべきまともな姿」に、知らず知らず過剰に縛られ本来の自分を殺し、自分を苦しいほうへ苦しいほうへ追いやっていた”

 自分を社会が求める人間像に当てはめるべく頑張りすぎて、オーバーヒートしていること、できない自分を受け入れていなかったことに気づいたのだ。これを機に心が少し軽くなった彼はアルバイトなどを経験後、スウィングを立ち上げた。健常者と障害者という二項対立を破り、そもそも「できない」って何? というところから考え直し、「生きづらい」社会に一石を投じている。

 本書から学べることは、主に2つ。まず、「生きづらさ」の解消は、多くの人と同じにできることがいいという「常識」を捨てること。次に、多くの人がその考えを捨てれば、常識自体も変わっていき、社会全体も生きやすい場所に変わっていくこと。本書からは、社会が向かうべきひとつの方向を見せてもらえる。

 生きづらさの原因は、多数の人に「常識」とされることが自分には「できない」、あるいは「できるが苦痛を伴う」状態にあることだろう。だから、「常識」が変われば、「できない」ということも少なくなるだろう。不快の元となる「常識」は捨てて、なるべく身軽に生きたいものだ。

文=奥みんす