あの話題の「悪魔のおにぎり」考案者! 1年4カ月の南極観測調理隊員の生活って?

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公開日:2019/3/27

『南極ではたらく』(渡貫淳子/平凡社)

 堺雅人氏主演の大ヒット映画『南極料理人』をご存じだろうか。映画の舞台となったのは、昭和基地から約1000キロメートル南に位置するドームふじ基地。南極地域観測隊メンバーの食事を担当する調理隊員が、隊員たちのために日々おいしいご飯をつくる様子が面白おかしく描かれている映画だ。そんな調理メンバーとして、実際に第57次越冬観測隊に参加した渡貫淳子さん。彼女が過ごした1年4カ月もの南極生活を著したのが、『南極ではたらく』(渡貫淳子/平凡社)だ。

 南極大陸の面積はおよそ1388万平方キロメートル、日本の面積の約37倍もある。地球上に存在する氷の約90%が南極にあるというから、そのスケールの大きさが推測できるだろう。もともと料理が好きで調理師専門学校を卒業後、同校で働いていた彼女が南極に興味を持ったのは1枚の写真がきっかけだったという。次第に南極観測隊の調理隊員になりたいという思いが募り、3度目の挑戦でやっと念願が叶い南極へと旅立つこととなる。出発までは厳しい訓練が課せられ、出発後オーストラリアから約3週間の船旅でやっと南極へ到着するのだ。

 著者が参加した第57次越冬観測隊では調理隊員は2名体制で、2人一緒に調理するのではなく交代制の勤務だったという。そのため、当番の日は一人で30名分の食事を3食(プラスお弁当や夜食も)用意することになる。観測隊の仕事はそれぞれ異なるため、拘束時間も職種によって異なるのだが、調理隊員はどうしても拘束時間が長くなるそうだ。食事は毎日のことなので、どんなに天候が悪かろうが休みにすることはできない。

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 彼女が南極で料理するポイントとして以下の5つを挙げている。

(1)食糧を運べるのは年に1度!
(2)常に生野菜が不足している!
(3)使用できる水の制約がある!
(4)生ごみ排出の規制がある!
(5)排水の制約がある!

 任務中は途中で食糧の補給がないため、あらかじめ期間中の食糧をすべて用意しておかなければならない。フリーズドライや缶詰、冷凍品などの長期保存ができるものは問題ないが、野菜類は圧倒的に不足するだろう。著者自身も、任務中に生野菜をたっぷりと食べたくてたまらなかったという。人間追い込まれると思いがけないアイディアを思いつくこともある。彼女は生のきゅうりを小口切りにして塩をまぶしたものを冷凍しておき、ポテトサラダなどに使用していたそうだ。この方法は、きゅうりが余ったときなどに試してみる価値はあるだろう。

 また、南極では日本から持ち込んだものはすべて持ち帰らなければならないというルールがある。そのため、ごみを出さないために工夫することはもちろん、生ごみが出た場合には生ごみ処理機でカサを減らして焼却し、その灰はドラム缶に入れて持ち帰る必要があるのだ。日本で生活していると、水道をひねれば当たり前のように水が出て、大量の生活ごみを出すこともある。しかし、それが当たり前ではない世界もあるということを知り、身が引き締まる思いがした。本書には、食材を無駄にしないレシピも紹介してあるので、参考にしてみてはどうだろうか。

 長い越冬生活中、顔を合わせるのは同じメンバーばかりなので、人間関係が良好でないと正直いって辛い生活となるだろう。彼女は他の隊員たちとうまくやっていたようだが、時には喧嘩になったこともあるという。そのときに彼女の頭をよぎったのは、隊員試験の面接で聞かれた「人間関係でもめたらどうしますか?」という質問。逃げ場のない環境においては、想定外の出来事もたくさんあるだろう。そんなときは問題が起きた隊員としっかり話し合い、一緒に解決策を探していかなければならないのだ。彼女は喧嘩の経験から相手の考えていることがわかり、相手のことを知れたことで自分の中の許容範囲が広がったと振り返っている。遠く離れた南極での人間関係のコツは、私たちの日常にも同じように活かせるものだろう。

 また、本書の中で著者が何度も説いているのが「やりたいことをあきらめないでほしい」ということ。彼女自身、一家庭の主婦や母親という顔を持ちながら、それを理由にして夢を諦めたくなかったという。もちろん、家族や周囲の人には迷惑や心配をかけることになるかもしれないが、夢に向かって行動する母親の姿を子どもに見せたいと思ったそうだ。本書は、世の多くの女性たちにもきっと勇気を与えてくれるだろう。

文=トキタリコ