「低金利政策」をギリシア元財務大臣が娘に説明するとこうなる!父が娘に語る美しい経済

ビジネス

公開日:2019/4/24

『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』(ヤニス・バルファキス:著、関美和:訳/ダイヤモンド社)

 先日、日本経済新聞を読んでいると「マイナス金利 経済冷やす?」というタイトルの記事に行き当たった(「マイナス金利政策」はアベノミクスに掲げられている「大胆な金融緩和」のうちのひとつである)。

 その理屈はこうだ―金利が低いと企業がお金を簡単に借りることができ、低収益の事業でも続けられてしまう。その結果、質の悪い商品が淘汰されることなく、値下げ競争だけが激化して物価が下がる。物価が下がると企業の売り上げが落ち、従業員の受け取る賃金が据え置かれたり減少したりして、市井のみんなが景気の悪さを感じる。

 この“低金利が景気を悪くする”という考え方について別の観点から説明する、興味深い書籍を偶然手に入れた。それは『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』(ヤニス・バルファキス:著、関美和:訳/ダイヤモンド社)だ。

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 本書はタイトルの通り、ギリシアの元財務大臣であるバルファキス氏(父)が自身の娘にしたためたもので、難しい経済学の専門用語はほとんど使わずに、むしろ古代ギリシアの寓話などを交えて、経済の基本をわかりやすく説明した書籍である。

■ソフォクレスが経済学の教科書を書いたなら

 みなさんはギリシア悲劇の『オイディプス王』という作品をご存じだろうか。テーベという国の王ライオスとその妻イオカステの間に生まれる子オイディプスが、父を殺し、母と交わるという予言を、意識とはうらはらに実現してしまうという話だ。この話の核心は、予言が「そうなってほしくない!」という意に反して現実のものとなってしまうというところである。

 本書の著者であるバルファキス氏は、“低金利政策の発表”を『オイディプス王』の“予言”になぞらえている。政府や中央銀行が低金利政策を発表すると、起業家や投資家は「低金利政策をやるってことは、この先、景気が悪くなるってこと!?」と先行きを案じる。彼らは「景気が悪くなったらイヤだ!」と思いつつも、自分の利益を損なわないために、起業家は借金をしてまで新たな事業を始めようとは思わないし、投資家は株や債券を売却する。こうして景気がさらに悪化すると説明しているのだ。

■労働市場でも理屈はだいたい同じ―賃金カットの発表は雇う意欲を失くす

 上で述べた金融市場と同様に、労働市場でも同じこと―つまり「そうなってほしくない!」という思いとはうらはらに“予言”が実現してしまうこと―が起こる、とバルファキス氏は述べる。

 政府機関が失業率の高まりを、あるいは労働組合が賃金をカットすることを発表すると、事業経営者たちは「よし、安い賃金で従業員を雇える!」と思うだろうか。答えは否である。この発表を聞いた経営者たちは、お金がない失業者が多いと、うちの製品を買ってくれる人は少なくなると考え、会社を守るためにさらに人を雇おうとしなくなる。その結果、さらに失業者が増えて景気が悪くなるという悪循環に陥るのだ。ここでもやはり『オイデュプス王』の“予言”が的中してしまうのである。

 市場社会にあるもっとも基本的な2つの市場、つまり金融市場と労働市場には悪魔が潜んでいる。この悪魔たちが景気を悪い方向へ向かわせようとせっせと働いているのである。バルファキス氏は娘にそう語った。

 父が娘に経済を語るというかたちで書かれた本書には、経済を知るうえで必要な最低限の知識がふんだんにちりばめられている。本稿ではたまたま市場の話をみなさんに紹介したが、格差の話、利益と借金の話など、これまた経済を考える上では大切な話が盛り込まれているのが本書。「経済を学びたいけれど、専門用語は勘弁!」という方にはご一読いただきたい。

文=ムラカミ ハヤト