鼻をつく暴力的なアンモニア臭。孤独死の現場から見える“日本の近未来”とは?

社会

公開日:2019/3/28

『超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる』(菅野久美子/毎日新聞出版)

 年間約3万人いるといわれる孤独死。誰にも看取られることのないままひっそりと命を落とした彼らの存在は、死後数カ月してからようやく発見されるケースも少なくないという。

 そして、すでに物言わなくなった彼らの遺体や遺品を処理するのが、“特殊清掃業者”と呼ばれる人びとだ。ときに凄惨な現場にも立ち会う彼らを追ったドキュメント『超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる』(菅野久美子/毎日新聞出版)は、孤独死の現実を私たちに突きつける1冊である。

■鼻をつく“暴力的なアンモニア臭”がただよっていた一室

 記憶にまだ新しい、まれに見るほどの猛暑が続いた2018年の夏。特殊清掃業者の取材を続けていた著者は、関東近県某市の一軒家を訪れていた。80代の老夫婦が大家として静かに暮らしているこの家は、2階の6部屋を鍵付きの個室に改造して、アパートとして単身者向けに貸し出していた。

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 そのうちの一室で生活をしていたのは、65才の男性だった。扉を開けたとたん「あまりにも暴力的なアンモニア臭」がただよっていたと振り返る著者が見たのは、室内でいくつも無造作に転がっていた特大の焼酎のペットボトル。何百本と積み重なった容器の中が、かつての住人の“尿”で満たされていたのは明らかだった。

 室内に散乱していたのはペットボトルだけではない。6畳の和室には半額シールの貼られた惣菜のプラスチックトレーや栄養ドリンクの瓶、アダルト雑誌などが何層にも積み重なり、ゴミの山が築かれていた。

 そして、山登りの要領でゴミの山に足場を確保した特殊清掃業者は「ほら、ここだけ黒く濡れてるでしょ」と一言つぶやいた――。部屋の中央にあったのは、約2メートル四方にわたりゴミの上をヒタヒタと侵食するどす黒い体液。かつての住人が、まさにその中心付近で絶命したのは明らかだった。

■ゴミの山が住人を死に追いやったのではないか?

 男性はなぜ、誰もいない一室でひっそりと命を断ったのだろう。実は、彼の部屋にはエアコンが見当たらなかった。猛暑のさなか、そのことが死因に繋がったであろうということは、素人目からみても明らかだったという。しかし、特殊清掃業者はみずからの経験をたよりに、その理由をさらに深く考察していた。

 のちにわかったのは、男性が心臓発作で亡くなったということだった。それを引き起こしたのは、おそらく室内の異様な暑さである。ただ気温が高かったというだけではなく、何層にもわたり積み重なったゴミが熱を持ち、夜にかけてもかなりの温度だったということが部屋の状況から推測された。

 そして、特殊清掃業者は、「部屋にはその人のすべてが現れる」と著者に対して語った。10年間にわたり遺品整理業へ立ち会ってきた経験によると、「心疾患系に罹った人は、まずリビングから汚れてくることがほとんど」だという。リビングがいわばすべての部屋に繋がる心臓部分であるからなのか、精神がすさんでくると、「キッチンとか水回りが汚くなってくる」という傾向を見てきたのだと話した。

 さて、ここに綴ったのは本書で描かれたごく一部の事例である。著者は、特殊清掃の現場から「やがて訪れるであろう日本の未来」が見える、と警鐘を鳴らす。人と人との繋がりが希薄になったといわれる現代。孤独死はけっして対岸の火事とはいえず、読み進めるほどに、誰でも直面しうる問題であると身につまされる。

文=カネコシュウヘイ