八雲は大切な人を救えるか? シリーズ屈指の面白さを誇る、「心霊探偵八雲」最新刊

文芸・カルチャー

更新日:2019/4/19

『心霊探偵八雲11 魂の代償』(神永学/KADOKAWA)

 シリーズ累計680万部というセールスを誇る、スピリチュアル・ミステリー『心霊探偵八雲』。その2年ぶりとなる新作『心霊探偵八雲11 魂の代償』(神永学/KADOKAWA)が3月30日ついに発売された。

『心霊探偵八雲』は、『怪盗探偵山猫』『天命探偵 真田省吾』など数々の人気作を手がける作家・神永学がデビュー以来15年にわたって書き継いでいる代表作。魅力的なキャラクターたちが織りなす、スピーディで感情を揺さぶる物語は、コミック化・舞台化などのメディアミックス展開もあって、数多くのファンを生み出してきた。

 もっとも「タイトルは知っているが、まだ読んだことがない」という方もいると思うので、簡単にシリーズのおさらいをしておこう。

advertisement

 主人公・斉藤八雲は幽霊を見ることができる男子大学生。同じ大学に通う友人(であり互いに惹かれ合っている)小沢晴香とともに、いくつもの心霊事件に関わり、それを解決に導いてきた。

 八雲に幽霊が見えるのは、父親譲りの赤い左眼のせいだが、その能力はあくまで視覚に限定されている。たとえば浮かばれない霊を成仏させたり、悪霊とバトルをしたりという、霊能者的なパワーがあるわけではないのだ。そのため事件を解決するには、ミステリー的な調査と推理が必要になってくる。言うなれば“入り口はホラーで、中盤以降はミステリー”。本来水と油であるはずの幽霊ものとミステリーを融合させ、興奮のエンターテインメントに仕立てたところに、このシリーズの大きな特色がある。

 さて今回、八雲のもとに現れたのは、彼と同年代の女性の幽霊だ。「お願い。助けて……」とメッセージを残して消えていったその幽霊を、八雲は救ってやろうと決意する。同じ頃、これまで数々の事件をともに解決してき私立探偵の後藤、刑事・石井、新聞記者の真琴のところにも、それぞれ幽霊絡みの相談事が持ちこまれていた。

 同時に起こった4つもの心霊事件。シリーズ史上初めての事態に、八雲たちは困惑する。

 しかも大学帰りの晴香が、何者かに拉致されるという事件まで発生。八雲はもちろん、前回の事件で大怪我を負った後藤も、石井も真琴も、晴香を救うために奮闘する。刻一刻と迫る、死のタイムリミット。果たして八雲は、愛する人を救うことができるのか?

 幼い頃から身体的特徴のために差別され、自らの存在価値を認めることができなかった八雲。そんな彼にとって、赤い左眼を「綺麗」だと言ってくれた晴香は、かけがえのない存在だ。その晴香が目の前から消えたことで、八雲はいつもの冷静さを失い、いくつものミスを犯してしまう。

 八雲の変化によって生まれる、とてつもない絶望感と緊張感。不気味なプロローグから衝撃のラストシーンまで、一瞬として気の抜けない本作は、近年ますます面白さを増してきた「八雲」シリーズにおいても、屈指の完成度を誇る一冊だ。キレのあるストーリー、胸を打つセリフ、愛する者のために何を犠牲にできるのか、というテーマ性。これらの要素が渾然一体となって、一種のすごみすら感じさせるエンタメ長編に仕上がっている。

 いくつもの難事件を経て、いよいよ最終コーナーが視野に入ってきた「八雲」シリーズ。読み始めるなら、『心霊探偵八雲10 魂の道標』が文庫化され、2年ぶりの新刊が書店に並んだ今こそベストタイミングだろう。ぜひこの機会に、手を伸ばしてみてほしい。

文=朝宮運河